テーマ:家紋

大庭氏の家紋―柏紋と鷹羽紋

 隠岐佐々木氏の初代佐々木義清は、頼朝挙兵時に平家方の大将となった大庭景親の娘婿だが、これまで大庭氏の家紋について決定的なものがなかった。紋章学の沼田頼輔は『日本紋章学』(明治書院、1926年、〔復刻版〕新人物往来社)で、大庭氏の子孫と考えられる幕府旗本大場氏(桓武平氏良文流)の家紋、藤丸・一引両・三つ大文字を挙げている。このうち三つ大…
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資料としての家紋

 上杉本洛中洛外図は、誰が上杉謙信に贈ったものかが問題になっている。今谷明氏は屏風に描かれている景観を綿密に考察し、とくに変転の激しい武家邸宅に注目して年代比定を試みた(23)。そして公方様(将軍邸)・細川殿(管領細川邸)・典厩(細川典厩邸)・武衛(旧斯波邸、将軍家別邸)・伊勢守(政所執事伊勢邸)・畠山図子上臈(旧畠山邸)・和泉守護殿(…
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四つ目結紋の歴史

佐々木氏の紋というと四つ目結紋と考えられていますが、実はもともとは三つ星でした。そのため源平合戦で活躍した佐々木兄弟の子孫のなかで、四つ目結紋を使用したのは長男の定綱流であり、盛綱流は三つ星、義清流は輪違いを使用していました。四つ目結紋が佐々木氏の代表紋になったのは、定綱の子孫が佐々木氏の主流になったことと、江戸時代に歌舞伎などで佐々木…
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上杉本洛中洛外図

現在の歴史学では、絵画を歴史資料として使用する試みがなされています。そこで注目できるのが上杉本洛中洛外図で、公方邸に四目結紋の陣幕が張られていることです。  上杉氏の伝承では、この屏風絵の作者を狩野永徳と伝え、織田信長が天正元年(1573)頃に贈ったとしています。本当にそうでしょうか。そこに描かれているものから、いろいろなことを読み取…
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