テーマ:後南朝

後南朝の系譜伝承についての雑考

 正長元年(1428)7月に称光天皇が嗣子のないまま危篤状態に陥ると、父の後小松上皇は北朝系の伏見宮家から彦仁王(後花園天皇)を後継者に選ぼうとした。これは南北朝合一の条件のひとつ両統迭立を無効とするものであり、南朝皇族である小倉宮が異議を唱えた。南北朝合一後の南朝皇族を後南朝というが、ここから後南朝の活動が活発になる。  小倉宮は、…
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