テーマ:受験

1984年東大前期第3問「江戸経済の成熟と近代化」

以下の二つの設問A、Bに答えよ。 A.下記の文は、近世の絹織物業の代表的な生産地である、西陣と桐生の歴史を記したものである。この文の下線部(1)、(2)の史実は何故おこったのか、その原因について、それぞれ二行以内で記せ。  京都には、古くから伝統的技術にもとづいた絹織物業があったが、一六世紀末、中国から導入された織物の技術によって、…
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2003年東大前期・日本史第3問「江戸幕府の歴史認識と華夷変態」

次の文章を読んで、下記の設問A・Bに答えなさい。  一七世紀後半になると、歴史書の編纂がさかんになった。幕府に仕えた儒学者の林羅山・林鵞峰父子は、神代から一七世紀初めまでの編年史である『本朝通鑑』を完成させ、水戸藩では徳川光圀の命により『大日本史』の編纂がはじまった。また、儒学者の山鹿素行は、戦国時代から徳川家康までの武家の歴史を記…
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2002年東大前期・日本史第二問「武士と農民は同一階層」

次のア~エの文章を読んで、下記のA~Dに答えなさい。 ア 室町時代、国人たちは在地に居館を設け、地侍たちと主従関係を結んでいた。従者となった地侍たちは惣村の指導者層でもあったが、平時から武装しており、主君である国人が戦争に参加するときには、これに従って出陣した。 イ 戦国大名は、自分に従う国人たちの所領の検地を行い、そこに住む人々…
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1983年東大前期・日本史第二問「鎌倉新仏教の誕生」

 歴史学を一生の仕事とする決意を固めるのと、ほとんど同じころ、私は高等学校の教壇に立った。私にとって、これが初めての教師経験であり、生徒諸君の質問に窮して教壇上で絶句、立往生することもしばしばであったが、その中でつぎの二つの質問だけは、鮮明に記憶している。 「あなたは、天皇の力が弱くなり、滅びそうになったと説明するが、なぜ、それでも天…
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2005年東大前期・日本史第二問「北条泰時消息文」

次の文章は、鎌倉幕府執権北条泰時が、弟の六波羅探題重時に宛てて書き送った書状の一節(現代語訳)である。これを読んで、下記の設問A・Bに答えなさい。 この式目を作るにあたっては、何を本説(1)として注し載せたのかと、人々がさだめて非難を加えることもありましょう。まことに、これといった本文(2)に依拠したということもありませんが、た…
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1996年東大前期・日本史第2問「守護・守護大名・戦国大名」

次の(1)~(6)の文を読んで下記の設問に答えよ。 (1)一三四六年、室町幕府は山賊や海賊、所領争いにおける実力行使などの暴力行為を守護に取り締らせる一方、守護請や兵粮米と号して、守護が荘園や公領を侵略することを禁じた。 (2)一四〇〇年、信濃の国人たちは、入国した守護に対して激しく低抗してついに合戦となり、翌年、幕府は京都に逃げ帰…
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2006年東大前期・日本史第2問「海国日本と平氏」

院政期における武士の進出について述べた次の(1)~(5)の文章を読んで、下記の設問A・Bに答えなさい。 (1)院政期には、荘園と公領が確定される動きが進み、大寺社は多くの荘園の所有を認められることになった。 (2)白河上皇は、「私の思い通りにならないものは、賀茂川の水と双六のさいころと比叡山の僧兵だけだ」と言ったと伝えられる。 …
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2006年東大前期・日本史第1問「藤原的なものと大伴的なもの」

次の(1)~(4)の文章を読んで、下記の設問に答えなさい。 (1) 律令制では、官人は能力に応じて位階が進む仕組みだったが、五位以上は貴族とされて、様々な特権をもち、地方の豪族が五位に昇って中央で活躍することは多くはなかった。 (2) 藤原不比等の長男武智麻呂は、七〇一年に初めての任官で内舎人(天皇に仕える官僚の見習い)となったが…
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2003年東大前期・日本史第1問「唐が蕃国 !?」

次の(1)~(4)の八世紀の日本の外交についての文章を読んで、下記の設問に答えなさい。 (1) 律令法を導入した日本では、中国と同じように、外国を「外蕃」「蕃国」と呼んだ。ただし唐を他と区別して、「隣国」と称することもあった。 (2) 遣唐使大伴古麻呂は、唐の玄宗皇帝の元日朝賀(臣下から祝賀をうける儀式)に参列した時、日本と新羅と…
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大学受験と少子化-大学二極化の時代

わたしが大学受験指導をしている地元立川の塾は、中学・高校受験が中心であるため、わたしが教えている現役専門大学受験は50名ほどだった。わたしはそのなかの国公立早慶上智文系クラス担当(10名程度)だが、今回の受験結果を延べ人数で表すと、一橋大1名、東京外語大2名、東京学芸大1名、早稲田大11名、慶應義塾大1名、上智3名、以下略という結果だっ…
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1995年東大前期・国語第一問「他者への眼差し」

市村弘正『小さなものの諸形態』より出典。 【問題文】  物との結びつきを根本的に変質させ、社会との結びつきを根底的に変化させつつある私たちにとって、そこでの出来事の生成と着床のあり方は、経験におけるそれとは正反対である。正反対であるような変質であり、変化なのである。その「結びつき」が含んでいた物事のあらゆる局面は、時間とともに結晶す…
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1996年東大前期・国語第五問「身体論・人間の記憶」

三善晃「指の骨に宿る人間の記憶」より出典 【問題文】  谷川俊太郎さんの詩《ポール・クレーの絵による「絵本」のために》のなかの一編〈死と炎〉は、「かわりにしんでくれるひとがいないので わたしはじぶんねしなねばならない」で始まる。それで、「わたしはわたしのほねになる」。そのとき私の骨は、この世のなにものも携えてゆくことができない。「せ…
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1996年東大前期・国語第二問「教育論」

中原俊『子どもの謎-神様が降りてくるまで』より出典。 【問題】  次の文章は、ある映画監督が書いた文章である。これを読み、傍線部ア・イ・ウのいずれかを選び、それを手掛かりとして、感じたこと、考えたことを、160字以上200字以内で記せ(句読点も一字として数える)。なお、解答用紙の指定欄に、手掛かりとして選んだ傍線部の記号を記入せよ。…
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1996年東大前期・国語第一問「科学思想」

坂本賢三『科学思想史』より出典。 【問題文】  科学研究にあたっては、科学者は常にある一定の前提のもとに対象に立ち向かっている。それは必ずしも研究者自身に意識されているとは言えないが、それでも事情は変らない。たとえば、現在の大部分の科学者は、対象の中に法則性があることを疑っては居らず、対象に内在するはずの「法則」を発見しようとしてい…
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1997年東大前期・国語第五問「時の流れ」

長田弘『自分の時間へ』より出典。 【問題文】  川の流れを見るのが好きだ。たとえどんな小さな流れであろうと、川のうえにあるのは、いつだって空だ。川の流れをじっと見つめていると、わたしは川の流れがつくる川面を見つめているのだが、わたしが見つめているのは、同時に川面がうつしている空であるということに気づく。ふしぎだ。川は川であって、じつ…
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1997年東大前期・国語第二問「見る」

多田智満子『鏡のテオーリア』より出典。 【問題文】  見るためには対象と自分との間に距離をおかなければならない。これは明白な事実である。  しかし、見るという行為が、対象との間の物理的距離を心理的にゼロにする場合がある。他者のまなざしが私に向けられ、そのまなざしが私をとらえたときがそれだ。  私が或る人の眼を美しいと思ったり、眼…
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1997年東大前期・国語第一問「歴史と物語」

坂本多加雄『象徴天皇制度と日本の来歴』より出典。 【内容】  ある人物についての物語が、なによりも当の本人を満足させなければならない場合とは、どのような場合であろうか。それは、自分が不確かな未来や危機的状況を前にして、何らかの選択あるいは決断をしなければならない場合である。このような場合、ひとはその選択や決断が自分にいい結果をもたら…
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1998年東大前期・国語第五問「時間」

檜山哲彦『時の巨人』より出典。 【内容】  さして用があるわけでもないのに、なにやら腰の落ち着かない年の瀬になると、毎年きまって思い出す句がある。   年を以て巨人としたり歩み去る  作者は高浜虚子だ。心そぞろなわが身に比べ、大股で歩む巨人の姿が大きく感じられ、その悠然としたさまに心を傾けたくなるせいだろうか。  「年歩む・去…
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1998年東大前期・国語第二問「社会人」

赤瀬川原平『社会人原論』より出典。 【内容】  社会人は領収書をもらう。社会人がなぜ領収書をもらうのかというと、税金を払っているからである。領収書がないと仕事上の必要経費として認めてもらえず、自分の出費になる。  ところが食事などの場合、仕事なのかプライベートなのか、ちょっと曖昧なことがある。またプライベートの場合でもとりあえず領…
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1998年東大前期・国語第一問「脳死」

西谷修「問われる『身体』の生命」(『朝日新聞』1992年1月28日夕刊〈変わるか死生観「脳死臨調」答申に思う〉)より出典。 【内容】  ふつう死は、心臓が停止して血流がとだえ、それに続く全身の生命活動の停止として起こる。ところが脳が先に機能停止に陥ることがある。この場合、中枢神経をまとめる脳の死によって全身もやがて死ぬことになるが、…
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1999年東大前期・国語第五問「短型詩」

柳沢桂子『生と死が創るもの』より出典。 【内容】  俳句や短歌は不思議な詩型である。短い言葉のなかに、長い言葉よりも広い世界を表現することができる。長い詩型が言葉によってすべてを限定するのに対して、短い詩型は読者のイマジネーションに頼るために、表出される世界が広がるからだ。  そういえば、短歌では小さいものを詠うのはやさしいが、大…
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1999年東大前期・国語第二問「青春論」

安部公房『砂漠の思想』より出典。 【内容】 これまで日本では青春は不当に買いかぶられるか、不当に抑圧を強いられてきたと思う。しかし、よく考えてみれば、どちらも青春は清純なものだという固定観念のうえに成り立っていたのだ。どちらも、青年をひとつの青春概念の中に閉じ込めているのである。  だが、本当の青春は、自分が青春であることに決して…
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1999年東大前期・国語第一問「身体論」

鷲田清一『普通をだれも教えてくれない』より出典。 【内容】 身体はひとつの物質体であることは間違いないが、他の物質体とは異質な現われ方をする。  たとえば、身体が正常に機能しているとき、ほとんど意識のなかに現われない。歩くとき、脚の存在はほとんど意識されない。意識することで、かえって脚がもつれてしまう。つまり、わたしたちにとって身…
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東大現代文・受験現代文での出題者の意図

東大国語の現代文を読むときに注意してほしいことは、どんなに反発したい内容であっても反発しないで、賛成しながら読むということである。これは東大現代文に限らず、どの大学の現代文にもいえることだが、受験生でも反論できるほどヤワな評論文が、受験現代文で使用されることはない。反発を感じたとしたら、むしろ読み方が浅いということだ。出題者は、その評論…
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2000年東大前期・国語第四問「言葉」

三木卓『海辺の博物館』より出典。 【内容要約】  窓の向こうには丘がある。この数年、この丘をながめながら仕事をしていたから、この丘の変化は分かったつもりでいた。それでも見落としているものを発見したり、知っているものでもあらためて感銘したりする。  去年、わたしは自分にしては長い時間を書けた小説を発表した。今わたしは次の、時間のかか…
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2000年東大前期・国語第一問「環境問題」

加茂直樹『社会哲学の現代的展開』の中の「環境保護は何を意味するか」より出典。  【内容要約】 環境問題を取り上げるとき、環境保護は当然のことと考えられている。しかし「環境の保護」という言葉を、みんなが同じ意味でつかっているわけではない。そしてその微妙な差異が、実践の上では重大な差異になりうる。  そのうえ環境保護の対象として「環境…
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2001年東大前期・国語第四問「携帯電話」

岡部隆志『言葉の重力』より出典。 【内容要約】 携帯電話を通した会話は、独り言の掛け合いではないだろうか。会話の中に特に伝えたいことを強調するポイントがなく、ただ自分のことをとりとめもなくしゃべっている。そこにあるのは、自分の独り言を一方的に話すという関係である。  インターネットで飛び交う声も、独り言に近い。だから私はそこに私的…
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2001年東大前期・国語第一問「母国語」

リービ英雄「ぼくの日本語遍歴」(『新潮』2000年5月号)より出典。 【内容要約】 ぼくが「星条旗の聞こえない部屋」を発表してから、なぜ母国語の英語ではなく日本語で書いたのか聞かれた。その質問の中には、英語で書いた方が楽だろうし、近代でもポスト近代でも英語が支配的な言語であるのにという意味合いが含まれていた。  ぼくが日本語で書き…
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2002年東大前期・国語第四問「解釈学・系譜学・考古学」

永井均『転校生とブラック・ジャック』の中の「解釈学・系譜学・考古学」より出典。 【問題文】 幸福の青い鳥を探す長い旅から帰ったとき、チルチルとミチルは、もともと家にいた青い鳥が青いことに気づく。チルチルとミチルの以後の人生は、その鳥がもともと青かったという前提のもとで展開していくことだろう。それは彼らにとって間違いなく幸福なこと…
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2002年東大前期・国語第一問「生と死」

村上陽一郎『生と死への眼差し』の中の「死すべきものとしての人間」より出典。 【内容要約】 一人称の死は、生きているかぎり決して体験されることのない、未知のものである。それは論理的には知りえないものである。では、知りえないものに対しての恐怖はどのような形をとるのだろうか。おそらく死への恐怖は、人が人間であることの証明であるといえるだろ…
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