大人かわいい―二つの言葉の組み合わせ・弁証法

 いつものカフェで、女性ファッション誌を見ていると、「大人かわいい」という言葉が目に入ってきた。これまで大人とかわいいは一致しないと思われていた。だから、余計にこの組み合わせが面白い。
 そういえば、イチゴ大福もそうだなと思った。小豆のあんこの入った大福とイチゴの組み合わせは、最初に聞いたときには違和感があった。すっぱいイチゴと甘いあんこでは、イチゴのすっぱみとあんこの甘さがそれぞれ主張が強すぎて、イチゴのすっぱさが強調されるはずだと思っていた。女性たちがいくらオイシイといっても、それは女性がすっぱい味が好きだからであって、すっぱいのが苦手な私には無理だと思った。それでも二つに割ったときの見かけのきれいさから話のタネにと思って、ひとつ買っておそるおそる食べてみたところ、イチゴとあんこが喧嘩せずにすっきりとした甘さになっていた。そういえば、スイーツに使う果物はすっぱいものほどおいしいものだ。あとから考えれば、なんてことはない。斬新なアイデアというものはこういうものだ。「大人かわいい」も、そんな一見対立すると思われるものを結びつけたものだ。
 「かわいい(Kawaii)」はいまでは世界共通語になっている。欧米の女性にはまだシックリこないみたいだけど、アジアの女性には熱狂的に受け入れられている。オタク文化とともに、日本発の世界的トレンドだ。
 でも、「かわいい」を定義するのは難しい。それは見たままに思わず言ってしまう言葉だから、かわいいという言葉の意味をきちんと考えたことはないからだ。だれもが使う言葉なのに、だれも意味を答えられない。的確に使えても、的確に説明できない。思わず言ってしまう言葉だから、なぜかわいいと言ったのか自分に照り返して考えたことがないからだ。かわいいといった自分を反省することがないから、きちんと意味を考えたこともない。そう、ひとにかわいいといって怒られることはないから、反省したことがない。
 このように、よく使う言葉ほど正確な意味はわからない。日常的なものはあまりに日常的だからとくに認識されることもなく、過ぎ去っていく。日常性が失われたときに初めて日常的だったものが大切だったことに気づくのも、当たり前だと思っていることは深く考えたりしないからだ。かわいいは論理的な言葉ではなく、だれもが納得できる意味など考えられたことはない。思わず見たままを言ってしまう感情的な言葉といえよう。
 しかし感情的な言葉だからといって、悪いわけではない。思わずいう言葉だからこそ、そこには感情の発露があり、言われた側も素直にうれしい。男性には、かわいいと言われると抵抗を感じる人も多いが、けっして嫌味でない。最大の褒め言葉であり、何よりも相手は自分のことを受け入れている。いちいち説明を求められることにうんざりして、そのままで受け入れてもらいたいと思っているとき、かわいいという言葉ほどうれしいものはない。
 女性は、子どものころ周囲の大人からかわいいと言われ、友達からかわいいと言われ、男の子からもかわいいと言われる。これ以上の褒め言葉はない。大人になっても同じだ。仕事のできる女性がプライベートで見せるかわいらしさは、ツンデレという言葉があるように、男性からは魅力的だ。ツンデレも、ツンツンとデレデレという対立する言葉を結びつけたものだが、現代の女性の魅力をうまく表現している。このように対立する二つの言葉を組み合わせて合計以上のものをつくり上げてしまうことを弁証法という。二人の対話の中で真理を発見するという対話法を、二つの言葉の組み合わせでワンランク上のものを生み出してしまう方法にしたのはヘーゲルというドイツの哲学者だ。
 自立しながらも、片意地を張ってばかりでは疲れてしまう。もう大人なのだからと言われても、ときには甘えたいときもある。そんな癒されたい気持ちが、大人の女性にかわいらしさを求めさせるのだろう。ひとは矛盾だらけで、自分の中にいろいろな感情がある。その矛盾した気持ちを素直に表す言葉が、大人かわいいだ。しかも、大人かわいいというと、大人とかわいらしさの関係は矛盾ではなく調和になる。
 このように見てくると、かわいいと言う言葉は単なる褒め言葉ではない。かわいいと言っている側も癒されているからだ。かわいいという言葉には、言われる側は褒められ、言う側も癒されているという関係にある。かわいい!かわいい!と言いながら実は癒されているのだ。しかも言われている側は、言っている側も癒されていることを承知している。だから甘えられもする。きもかわも、不細工だけど癒し効果があるもののことである。このように考えてくると「大人かわいい」はけっして矛盾した言葉ではないことが分かる。これまで大人は一方的に癒される側だったが、相手を癒すことのできる大人がいてもいい。そんな大人はやはり「かわいい」のである。癒されたい人が増えれば、大人で、きれいで、癒し系でもあれば、十分に「大人かわいい」といえる。
 でも、うまく甘えられる女性だけではない。大人の女性でも、恋愛では素直になれずに、好きな人につらく当たってしまうことがある。大人の女性だからこそ臆病になり、素直になれないのかもしれない。でも、これではツンデレどころか、ツンツンだ。そして素直になれない気持ちを、仕事のせいにしてしまう。それでも好きな人の好みが分かると、髪を伸ばしたり、ワンピースを着たりして、休みの日に彼の行きつけの場所に行ってみる。出会えたとしても、自分の気持ちを言えないまま通り過ぎていく。じれったいけど、かわいい。気持ちを察して話しかけると、逃げていく。かわいいけど、じれったい。気持ちは分かるのに、その後が難しい。恋愛に臆病にならないでほしい。
 あふれる不安でビクビク状態。それを隠そうとして、強い女の仮面をかぶってしまう。だけど安定を求める傾向にあるので、恋愛でもすぐに結婚に結びつけたがる。憶病で、ガチガチで、結婚願望が強い。「スキがない女」。それは完璧な女ではなく、「余裕のない女」のことなのかもしれない。まずはゆっくりリラックスして、不安を払いのけよう。
 でも、わたしは結婚願望が強いことは悪いことではないと思う。形にこだわらないというのもひとつの手だとは思うけど、気持ちをひとつの形として表すことも必要だと思う。形式と内容は対立すると思われているけど、形にしようと思うことで、さらに気持ちが高まることにもなる。それが、いままで結婚という形が廃れなかった理由だと思う。内容と形式が一致した形式美は、とても美しい。だから、大人の女性がかえって結婚という形にこだわる理由は十分すぎるほど分かるし、それに答えたいと思う。
 大人かわいい、知的おしゃれ、これまで矛盾すると思われていた言葉を組み合わせると、これまで気づかなかったことに気づかされ、視野が広がる。ファッションもひとつの言葉ではくくれずに、多くの言葉を必要とする。そして、対立する言葉を結びつけて新しい言葉がつくられる。あるいは、ひとつの言葉がさまざまな内容を含意するようになる。世界共通語になりつつある「かわいい」には、「愛くるしい」という以上の意味が込められ、「素敵」「きれい」「かっこいい」など褒め言葉がめいっぱい盛り込まれている豊かな言葉だ。「かわいい」と褒められて育ってきた女性には、「かわいい」は最高の褒め言葉なのだろう。そこに「大人」という言葉がつく。「成熟」「高い質」という意味も込められる。いままではありえないと思っていた組み合わせが、実はとてもいい組み合わせだったりする。それに気づいたとき、ワンランク上にいける。
 欧米のブランドも、かわいい要素を取り入れなければ、アジア女性に売ることができない時代になっている。男性も、かわいらしさを取り入れて癒しを求めてはどうだろう。ピンクのネクタイはとてもセクシーだ。それが新しいダンディズムになる。

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