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zoom RSS 大河ドラマ『平清盛』批判について(改訂)

<<   作成日時 : 2012/06/05 01:13   >>

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 大河ドラマ『平清盛』の視聴率が低いと話題になっているが、私はよくできていると思う。ドラマ初期の「高平太」の逸話はさすがに演出しすぎで見るに耐えられなかったが、回を重ねるごとに見応えがある。演出では、松山ケンイチ演じる平清盛が一本調子に見えて、これまでは中井貴一の平忠盛に魅かれ、今は井浦新の崇徳上皇と矢島健一の藤原教長の主従、玉木宏の源義朝に魅かれている。平忠盛の「左様か」という台詞が好きで、最近では「そうか」がわたしの口癖になっているほどだ。
 内容では、平清盛の実母は祇園女御本人ではなく妹であること、また平氏が偽の院宣で日宋貿易をしていたこと、さらに平忠盛・藤原宗子(池禅尼)夫妻は崇徳上皇の皇子重仁親王の乳父母であり、その嫡子である平頼盛は保元の乱で上皇側に着くことが順当であったが、母宗子に止められたことなど、研究成果や資料にもとづく内容が盛り込まれている。歴史研究者の目から見ても楽しめるものになっている。
 また、わたしは家紋の祖型である有職故実の文様に興味をもっているため、衣服や建具の模様を注意深く見ているが、きちんと有職故実にもとづいており十分に楽しむことができる。大道具や小道具を見るだけでも面白い。
 平安京の描写がほこりっぽいという批判もあったが、むしろ平安末期の平安京をよく描写していると思う。都の荒廃を描かずに平安末期を記述することは無理である。あの都の荒廃があったからこそ、時代は大きく転換していくのである。
 「王家」という言葉に関しても批判があったが、当時の天皇家をさす言葉としては決して不適切ではない。わたしも歴史研究者になる前には、「王家」という言葉に違和感をもち、「百王伝説」で百代天皇を「百王」と表現するのに違和感をもっていた。それは親王宣下を受けていない皇族男子を「○○王」と呼び、また中国皇帝から冊封される「日本国王」という称号を屈辱的と考える立場があるからである。しかし当時は上皇経験者ではない天皇も「天皇」ではなく「○○院」と記し、「天皇」という言葉が忘れ去られたように使用されない。今上天皇も「当今」と記せば十分であった。むしろ当時の感覚では「天皇」と呼称する方が不自然であろう。
 たしかに律令は生きており、院の御所に上がる院昇殿よりも、天皇の御所に上がる内昇殿の格式が高かった。内昇殿なら殿上人だが、院昇殿では正式の殿上人ではない。あらためて内昇殿を許される必要がある。そのような意味で「院」はあくまで私的なものだが、そのような私的なものが大きな意味を持ち、「家」が公的に成立してくるのが、平安後期に始まる中世の特徴である。
 氏上が叙爵を申請する氏爵は源氏も平氏も一品式部卿親王がつかさどり、賜姓皇族は広い意味での皇族であった。そのような王氏の長として天皇家があったため、広い意味で「王家」といえる。
 今回の大河ドラマはまことに通好みといえる。その視聴率が低いのは、わたしがそうであるようにインターネットで見られるNHKオンデマンドなどの多様なサービスを通している者がいるのも一因かもしれない。ワールドカップの予選と重なれば、大河ドラマは別の手段で見るという人は増えるだろう。そもそも視聴率の測定は全家庭を測定しているものではなく、母集団のごくごく一部を切り抜いたもので測定方法に問題があるといえる。つねに数%の誤差は付き物である。数%の変動で一喜一憂する必要はない。それに昼間に固定電話で集計している世論調査が当てにならないのと同じで、どのように切り抜かれた人びとを対象にしているのか問題があろう。そのような数値にもとづいて作品の良し悪しを論評しているようでは、本当にいい作品は評価できない。
 またインターネットの評価も、声の大きな者の声が、あたかも多数の意見のように見えてしまう。そのため一部の者の声であるにもかかわらず多数派の声のように思われて、多数派の意見ならばということで、みんなが深く考えないままに同調してしまう傾向にある。ランキング好きであれば、やはり同調の傾向が強いだろう。
 だから、わたしたちは評判を気にしないで自分で判断しよう。美味しいと評判の店に行ったのに「騙された!」と思うことがあるが、騙されたと思えるならまだいい。自分の舌は活きているからだ。現在は、騙されたことにも気づかないまま、「美味しい」と食べていることが多くなっているのではないだろうか。そのように思える事例である。

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コメント(12件)

内 容 ニックネーム/日時
お久しぶりですね。「平清盛」に関しては全く同感です。義経通のうちとしては2005年の「義経」よりはるかにいい作品だと思います。なんといっても平安京の描写が素晴らしいし.朝廷.貴族.武士.庶民達のあらゆる関係もリアルに描かれていますしね。今後が楽しみです。
奈賀樹
2012/06/10 22:53
お久しぶりです。お元気そうでなによりです。

奈賀樹さんは源義経の贔屓ですから、武井咲の常盤がいとおしく見えるでしょう。源義朝と由良・常盤の関係が美しく描かれていますね。ホームドラマでは描くことのできない関係ですね。

保元の乱の夜討ち献策で、信西入道と悪左府頼長が同じく孫子を引用しながら別の結論に至った逸話は、とても面白く見ることができました。

また悪左府頼長の没後に、信西入道が頼長の日記『台記』の読む場面は涙を流しました。

最近の大河ドラマはホームドラマを見ているようで面白くなかったのですが、久々に大河ドラマを見ていると思えて、わざわざ受信料以外の料金を払ってNHKオンデマンドで見ています。

今回の視聴率の低迷で歴史ブームといわれても底が浅いものだと痛感しました。

またネット上で右翼的発言をしている人たちが、歴史も分からずに発言していることが分かりました。これでは、もともと日本が夫婦別姓だったと言っても通じないはずです。
佐々木哲
2012/06/11 01:36
早速ご返信を頂き、ありがとうございます。
最近の大河ドラマはホームドラマ化で登場人物や歴史の一部が削られており、物足らなく感じておりました。「平清盛」ではちゃんと重要な人物を惜しみなく登場させていますから大変見ごたえがあります。平氏から正盛,忠正、家盛、頼盛、盛国と、源氏から義賢、為朝、義平などです。他に由良御前、信西、西行、鎌田正清などなど・・・いいですね。

平治の乱では平重森と源義平が御所内の桜、橘
の木の周りで駆けまわる場面があればもう最高ですね。

藤原頼長の「台記」は信西さえも感涙されるほどの日記だそうですがちょっとアブナイ自慢話ももれなく書き留めてますから面白いですね。
「方丈記」の鴨長明は同時代の方なのになぜ書き留めてくれなかったでしょうね。俗世を嫌ってとか、
新興派の源平をよく思わなかったとかいろいろといわれていますがもったいないです。


奈賀樹
2012/06/12 12:00
登場人物を極力省略していないところが気に入っているのですね。できる限り史実に近くするには登場人物を省けませんからね。

ただ「叔父を斬る」では不満が残りました。清盛が叔父忠正を斬って義朝にプレッシャーをかけ、義朝も自分で父為義や弟たちを斬る。その方が源氏の悲壮感を出せたと思います。義朝にも父への情愛があったという演出なのでしょうが、不必要な心遣いですね。義朝はかつて弟義賢を自らの長男義平に討たせていますよね。矛盾する演出です。それでも斬らなければならなかったという悲壮感を演出してほしかったですね。弟たちに罵られながらも斬るところにこそ、源氏の悲壮感があるように思えます。

それに「斬れ!」と言ったときに斬らなければ、斬られる者は間合いをうまくとれず、かえって残酷です。

このあと崇徳上皇は怨霊になるのでしょうか。基盛が宇治川で溺死するのは、頼長の怨霊と言われるのでしょうか。当時の人びとの感覚で怨霊としてほしいですね。
佐々木哲
2012/06/20 00:22
今夜の「平治の乱」は、義平や頼政の行動や言語がちゃんと描かれていて良かったです。ただ、朝長はまだ出てこないですね。彼こそ義朝の辛い立場を際立てる重要人物ですから早めに登場させるべきでしょうに。

怨霊に関しては、崇徳上皇や藤原頼長の他にも平将門、菅原道真など多く挙げられていますね。義経も大物の浦で平知盛の怨霊に悩まされたというし、また義経自身も怨霊となって頼朝を落馬させたりして・・・きりがないです。

「平清盛」を見ていていつも感じますが、清盛と同じ人生を歩んだ歴史人物が浮かびます。
・天皇の落胤・養父が偉大・貴族の始まりを作り上げたといえば・・・藤原不比等です。周囲に名だたる天皇や人物が多いのでぜひ大河ドラマにして欲しいものです。

私事ですが明日から平泉から三陸に沿って青森・竜飛崎まで義経北行伝説ルートを辿って行きます、復興を祈りながら。
奈賀樹
2012/07/01 22:46
奈賀樹さんは、やはり話を源義経に結び付けますね。崇徳上皇の怨霊の話題から義経に話を持っていってしまうとは!!

今回の26回「平治の乱」もNHKオンデマンド見ました。保元・平治物語がすでに物語になっていますので、それ以上の脚色は不要かなと思います。今回の清盛の信西に対する回想の場面はやや冗長に感じました。来週の一騎打ちも不要かと思います。

藤原不比等は面白いですね。天智天皇の落胤説をご存知なんですね。でも天皇に関わる時代を大河ドラマにするのは難しいと聞いたことがあります。今回も「王家」という言葉だけでも大騒ぎになりましたよね。歴史的には正しくても、それを受け入れられない人たちもいるのです。かつて足利尊氏が主役の大河ドラマ『太平記』がありましたが、あれも思い切った判断でした。

旅行に行くとのこと、安全に楽しくお過ごしください。
佐々木哲
2012/07/02 21:34
東北の義経北行伝説ルートは今回が初めてで行ってみましたが、レンタカー利用でもかなりきつかったです。もっと若い時に行けば良かったと思いますけどね・・・

さてと、「太平記」のことですが確か,昔、足利尊氏は逆臣かと問われたときに後醍醐天皇を深く尊敬してたと答えた記憶がありますね。私の歴史観はあまりにも幼かったのでかえってがっかりさせたと思います。
今まで観た大河ドラマの中で一番印象に残ったのは「炎立つ」で、藤原経清、清衡、源義家が良かったです。「義経」はまるでお伽物語のようで観てるほうが恥ずかしかったですね。私の好きな場面は壇の浦合戦の八艘飛びなんですがタッキー義経が甲鎧をつけたまま宙返りしてしまったときは愕然してしまいました・・・
奈賀樹
2012/07/15 22:32
わたしは後醍醐天皇の血も足利尊氏の血も引いているようなので気持ちは複雑ですが、すくなくとも日本では自己主張する天皇は好まれないようです。

『平清盛』で天皇家を「王家」と呼んでいることにネット右翼から批判がありましたが、院政期は天皇家の家長がまさに日本国王でした。摂関政治期には摂政関白である藤原氏が実質的な日本国王です。それが、平安後期には上皇が実質的に日本国王になりました。もちろん「治天の君」とは言っても、「三不如意」という言葉で分かるように、実際には天皇後継者を決める程度のものですが、個性的な上皇や天皇を輩出しました。「王家」とはまさに日本国王の家を意味しています。

『太平記』の時代であれば後醍醐天皇が個性的な天皇ですが、近世初頭であれば後陽成天皇や後水尾天皇が個性的な天皇です。しかし人間天皇は日本人には好まれず、徳川将軍家と摂関家が連署で禁中並公家諸法度を制定して、天皇を象徴天皇に祭り上げました。近代も天皇主権とは言いつつ、実際に天皇が主権を発揮させることはほとんどありませんでした。

大河ドラマ『平清盛』の時代であれば、崇徳上皇の悲哀が象徴天皇の悲哀です。彼は怨霊となります。
佐々木哲
2012/07/23 22:07
今日の再放送で「平清盛」の<平家納経>を改めてみましたが、崇徳上皇の凄まじい怨霊姿に圧倒されました。天皇の血がそうさせているでしょうか・・・

そもそも「天皇」という名はいつから使われたでしょうか。私の知る限りでは、天武天皇が壬申の乱後王家をまとめるために奈良吉野で<現人神>を名乗り上げたといわれ、持統天皇が直系孫の文武天皇を後継者にするために三種の神器を天皇の証に決めたとも。まあ、吉野と三種の神器はどうしても義経に繋がってしまいますが・・・(笑)

会員でもないのに度々コメントしてしまって申し訳ございません。
奈賀樹
2012/08/04 15:38
天皇という称号は日本独自のものではなく、中国の道教の影響を受けたもので、唐の高宗も名乗ったようです。道教といえば、邪馬台国の女王卑弥呼がおこなっていた鬼道が道教のことといわれています。卑弥呼の記事のある『魏志』の用語法では、道教を「鬼道」と呼んでいたそうです。そうであれば日本と道教のかかわりは古く、天皇という称号も受け入れられやすかったと考えられます。

日本で名乗り始められた時期については、聖徳太子(厩戸王)、天智天皇、天武天皇の3説あるようです。この中でもっとも有力なのが天武天皇説です。日本という国号も伊勢信仰も天武天皇から始められたと言われており、天武天皇は大きな転機だったようです。

天武天皇は遣唐使を中断しており、中国とは対等という意識を強烈に持っていたようです。その天武天皇が、唐の高宗も名乗った「天皇」を自らも称したというのです。この自信は倭五王の時代に朝鮮半島に進出し、朝鮮半島の人びとから「大国」と見なされていたことに根拠があります。

実際に白村江の戦では、倭は百済を支援して、唐・新羅の連合軍と戦っています。阿倍比羅夫の日本海遠征の実績があるように、海戦であれば倭にも勝機はあったのです。しかし律令制度を実施して指揮命令系統が統一されていた唐に敗れました。これが律令制度の確立が急がれた理由です。
佐々木哲
2012/08/06 15:52
いつもご丁寧に説明して頂き、有難うございます。
さすがどの時代でも障りなくずばりとおっしゃる様子は昔と変わりませんね。ただ感心の一言に尽きます。そこで相談ですが、私所蔵の義経関連の本{100冊くらい}を必要な方に譲りたく存じますけど良い手だてはございませんか?
奈賀樹
2012/08/12 16:33
源義経関係図書の譲渡は、無償ですか有償ですか?

無償であれば、図書館に寄贈するのがいいでしょう。近くの図書館であれば、あなたも見たいときに見に行けます。また源義経ゆかりの地方の大学や図書館に寄贈しても良いですね。一般書が多ければ図書館、専門書が多ければ大学です。どちらにしても寄贈であれば、あなたの名前も残りますよ。

有償がご希望であれば、古書店に売るのかオークションにかけるのが普通ですね。どの古書店か迷うようなら紹介します。古書店の場合は、希少価値だけではなく美本かどうかも評価の基準になります。

また当ブログで紹介してもいいですが、当ブログは佐々木氏の子孫や研究者(学生)がよく訪問しますので、源義経関係の本は需要が少ないと思います。三陸地方の閉伊源氏は、義経遺児が佐々木高綱に養われて佐々木氏を名乗ったものと伝えられていますが、やはり源義経の需要は少ないでしょう。当ブログでは、鎌倉時代よりも戦国時代の需要が高いですね。

また専門書があれば、私が譲り受けることも可能です。いずれにしても図書目録を見たいですね。図書目録を送っていただける場合は、電子メールで願います。
佐々木哲
2012/08/20 00:10

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