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zoom RSS 弱者の進化論―すでにあるものを使う

<<   作成日時 : 2010/05/29 00:50   >>

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 進化の過程を構造として見ると、まず大きな構造は安定しており、大きな変化は起こらない。とくに大きい集団でも個体は多いが、現在のものよりも環境に適している変異が生じることは何万年に一度ほどの確率であり、すでに環境に適している多数派が生存に適していることになる。そのため安定している環境のもとでは大きな変化は起こりにくく、大きな構造はそのまま安定することになる。
 これは社会においても同じで、大きな集団では、集団の母数が多いほどさまざまな個性をもつ者が多くいて、それだけ多くの意見が出るだろうが、あまりに多くの意見が出るために、ひとつの意見にまとまることは難しく、結果として今まですでに成功実績のある既存の意見が無難なものとして再び採用されることが多い。つまり、多くの意見が出る大集団で、かえって変化が起きにくい。
 そのため、安定した環境のもとでは、大きな構造に変化をもたらさないほどの弱有害な変異のみが蓄積して、小さな構造の変化だけが見られることになる。しかも、この弱有害な変異も大集団よりも小集団の方が固定されやすい。弱有害な変異は、自然選択にかからないので、自然選択によって排除もされないが選択もされない。そのため大集団では集団中に広がることはなく、交配の範囲が限定されている小集団ならば固定されることがある。
 その小さな変異の中に次の環境に適した者が含まれていることになる。それが前適応と呼ばれている現象である。環境が変わることを予期していたかのように、新しい環境に適した変異がすでに生じているのである。このように多くの弱有害な変異があるからこそ、その中には新しい環境に適応できる者がいて、すぐに環境の変化にも対応できるのである。環境が変化してから、新しい環境に適した変異を待っていたのでは間に合わない。小集団の中で環境に適した変異を持ったものが、大進化を起こす。そのため、進化は局所的にしかも急激に起こる。これが進化の過程の化石を見つけることが困難な理由でもある。
 そして進化の歴史の中で、環境の変化が起きている時期はほんの一パーセントであり、進化の時間のほとんどである九九パーセントで環境は安定している。つまり、大きな変化はまず起こらないことになる。
 このことは歴史を見ても分かる。それぞれの時代は安定している時期がほとんどで、成立のときと滅亡のときだけ大きく変化する。そのため学校の歴史の授業で詳しく学ぶのは、成立のときと滅亡のときであり、またその時代の特色をよく現している全盛期である。つまり成立と特色と滅亡だけを学ぶといっていい。それに対する反省として、現在の社会経済史の流行にともない、歴史の授業でも社会経済史に多くの時間を割こうとしているが、人気があるのはやはり人物史であり、注目されるのは成立時と滅亡時の英雄である。
 このように、わたしたちは変化に注目するため、いつも変化が起きているように思えるが、変化はほんの少しの時間の中で起こっている。生物進化でも同様で、種の誕生のときに劇的に変化するものの、大集団になってしまえば大きく変化することはなく、あとは大きな環境の変化にどう対応できるかで滅亡するかどうかが決まる。対応できたとしたら、そこで再び大きな変化があったはずである。しかも、それは局所的な小集団から始まる。
 安定した環境のもとで大きな集団が構造を安定させているだけなら、環境が変化したら滅亡するしかない。では、安定している環境の元では自然選択が働いていないのだろうか。そうではなく、平均から隔たった者を排除するという負のダーウィン選択がはたらいている。平均に近い者を選択するともいえるが、安定した時期は、特徴が大きい者も小さい者もどちらも排除されるので、排除といった方が実態に近い。このような自然選択は、平均から隔たった者を排除して構造を安定させることから、安定化選択ともいう。排除することを淘汰するというので、安定化選択を自然淘汰ということができる。
 では、どのようにして変化が起こるのだろうか。環境が変化すると、今度はその環境に適した者が選択されることになる。それまで選択されなかった者が選択されるようになり、しかも環境に適した方向に向かって特色の大きい者が選択される。こんどは平均的なものではなく、一定の方向に向かって大きい値の者が選択されるので、これを正のダーウィン選択あるいは方向性選択という。そのような環境の変化で新たに選択される者が、小集団で蓄積されていた弱有害な変異である。
 安定した環境のもとでは構造を安定させながらも、そのときの環境には必ずしも適していない弱有害な変異が、弱有害であるために排除されることなく蓄積される。そのような弱有害な変異の中には、新しい環境に適したものがある。ここがとても重要である。すべての弱有害な変異が新しい環境に適することはなく、多くは滅んでしまい、生き残るのはほんの一握りだろう。これはベンチャー企業が多くできても、その中で成長するのはほんの少数であることと同じである。では、どのようにして弱有害な変異が蓄積されるのだろうか。
 弱有害というのは安定化選択によって排除されないという意味で弱有害という意味であるが、また方向性選択(自然選択)によっても選択されない。そもそも方向性選択は環境の変化にともなうもので、安定した環境のもとでは起こらない。このように弱有害な変異は悪い意味においても良い意味においても、どちらにしても自然選択にはかからない。そのため大集団では、弱有害な変異は集団全体に広まることはなく、むしろ広がる途中で偶発手事故で失われることがある。このように大きな集団では安定化選択がはたらくため、平均から隔たった者は排除され、弱有害な変異も定着しない。実は弱有害な変異が蓄積するには、集団が小さい必要がある。
 地理的に隔離された小さな集団であれば、自然選択によっては選択されない弱有害な遺伝子であっても固定することがある。それは、コインを上に投げて表と裏が出る確率を考えるといい。投げる回数が少ないと偶然に表が連続して出ることがある。逆に投げる回数が多くなると、それだけ表裏が出る確率が50%に近づく。集団が小さければ小さいほど、この偶然性の影響は大きい。これを遺伝的浮動といい、対立遺伝子のうち一方が偶然に失われて、他方が全体に広がることを、遺伝的浮動の効果という。この遺伝的浮動によって、弱有害な変異が固定されることがある。しかし、これは生存に有利な変異が生じれば必ず累積されるという自然選択説とは異なり、弱有害な変異の蓄積は偶然性に左右されるため、決定論的ではなく確率論的といえる。このように小さな集団であれば、自然選択の効果によらなくても、偶然性によって対立遺伝子のうち一方が全体を占めることはある。
 さらに大きな集団であっても、実際にはいくつかの局所的な小集団に分かれていることが多く、集団内に蓄積される変異のほとんどはそのような弱有害な変異といえる。
 このように見てくると、環境が安定しているときには、変化しない方が自然だといえる。ダーウィンは変化が目に見えないのは、少しずつ変化しているからだと説明したが、実は変化が見えないのは環境が安定しているために変化していないからであった。この点では、変化が目に見えないことを指摘したダーウィンの反対者の指摘は正当であった。
 安定した環境のもとでは、変化があるとしても、弱有害な変化が蓄積されていくだけであり、大きな変化はない。しかも、その小さな変異も有利ではなくむしろ弱有害であるため、大きな集団では全体に広まることはなく、むしろ地理的に隔離された小さな集団のみ定着する。環境の変化で大きな変化をもたらすのは、そのような弱有害な変異である。蓄積された弱有害な変異のなかには、環境の変化に対応できるものがあり、生物進化には、この安定と変革の二つの段階に分けられる。
 環境が安定していれば、構造は安定して急激な変化は見られない。また構造レベルでは変化が見られなくても、分子レベルでは分子進化時計の存在が知られるように一定の変化が見られるが、それでも機能的に重要な部分については保守性が見られ、重要ではない部分では進化速度が速いが、重要な部分での進化速度は遅い。そのために構造の変化は見られない。環境が安定していれば、変化しない方が適応的なのである。
 ダーウィン以後、変化し続けることが進化と思われているが、実は変化しないことも進化の一側面であった。また構造の劇的変化については、遺伝子構造で構成要素の位置が変化することで、構成要素には変化がなくても、偽遺伝子に蓄積されていた変異が発現するとも考えられる。遺伝子には発現するものと、いくら変化しても発現しないものがあり、発現しないものは偽遺伝子と呼ばれる。この発現していなかった変異が、遺伝子構造における構成要素の位置変化で発現すると考えられ、そのために分子レベルでは小さな変異でも、大きな構造の変化をもたらすこともある。このことの指摘で、ヒトとチンパンジーの遺伝子情報の90パーセント以上が同じなのに、その構造の差異が大きいことを説明できるだろう。そのような構造上の劇的変化がおこる理由のひとつに、小さな集団内における近親交配がある。
 小さな集団における近親交配では、劇的変化が起こらなくても、それまで発現していなかった劣性遺伝子が発現する。しかも、これまでも述べているように変異の多くは有害あるいは弱有害なものであるため、近親交配によって発現する変異も有害あるいは弱有害なものであることが多い。そのため近親交配によって、一時的に集団の数を減らすることになる。これをボトルネックという。これが一般的には近親交配が避けられる理由である。
 大集団であれば、さまざまな変異をもつ個体があるため、これまで隠れていた変異がホモ結合で発現することは少なくなる。人間の場合でも、国際結婚で生まれた子どもが一般的にかわいいのは、互いに異なる特徴を持つ者どうしであるため、それぞれの特徴が出にくいためである。特徴が出ない方がよりかわいいのは、どの動物も子どものときの方がよりかわいいのと同じでことある。
 また大型化することで特徴はよりはっきりと出てくるため、一般的には特徴がはっきりとは出ない小さい者の方がよりかわいいことになる。発生過程での変化であれば、発生過程では小さな変化でも、成長すれば大きな変化になる。同じように小型であったときには目立たなかった変化も、大型化することで大きな効果を生むこともあろう。そのため小型のときには自然選択の対象にならなかったものが、大型化することで自然選択の対象になることがある。環境が安定しているときには安定化選択で排除され、環境の変化でひとたび有利になれば方向性選択で選択される。
 しかし、小さな集団における近親交配によるボトルネックで有害な変異が排除されると、その集団は個体数を増やすことになる。生存に不利な変異がなくなるからである。そして排除されなかった弱有害な変異の中から、新しい環境に適応できる者が現れる。このとき行動の変化も環境の変化に入る。同じ形態が行動の変化によって異なる機能をもったものとしては、保温のための羽毛が、行動の変化で飛翔にやくだったことを例に挙げることが出来る。そして飛翔するようになったことで、こんどは飛翔のための構造ができあがる。多くの進化が、このようにすでにあるものを使用しながら大変化を遂げるというものである。進化で重要なのは、環境や行動の変化を契機にすでにあるものを使うということだろう。

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