佐々木哲学校

アクセスカウンタ

zoom RSS 『一遍聖絵』後援者「一人」と『遊行上人縁起絵』作者平宗俊(3)

<<   作成日時 : 2009/10/18 00:06   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

 そこで、当時はまだ結婚形態が女系から男系に移る過渡期であり、西日本の系図では女系も重視されたことを念頭におくならば、通成の親族を男系に絞る必要はない。
 そのような観点から見れば、中院通成は、太政大臣西園寺実兼(一二四九―一三二二)の正妻従一位顕子の父であり、左大臣西園寺公衡(一二六四―一三一五)や永福門院(伏見院中宮)・昭訓門院(亀山院准后)の外祖父である。『聖絵』が成立した正安元年(一二九九)には、女婿の西園寺実兼が前太政大臣(いちのひと)であり、外孫の公衡は右大臣(いちにん)の現職で、二人とも後援者「一人」の候補になる。しかも公衡は『春日権現験記絵巻』の願主であった。
 実際に、一遍は西園寺家の人びとと交流がある。『播州法語集』第八五に「西園寺殿の御妹の准后の御法名を一阿弥陀仏と付奉るに、其御尋に付て御返事」の手紙が収められているが、この「西園寺殿」は西園寺実兼であろう。「御妹の准后」については、一般的には今出河院嬉子(亀山院中宮)と考えられているようだ(3)。今出河院嬉子は文永五年(一二六八)に女院になり、弘安六年(一二八三)に出家した。そのため、西園寺殿の御妹は今出河院とも考えられる。しかし彼女の経歴に准后はない。また法名も仏性覚である。『尊卑分脈』では、今出河院の姉妹である相子に「准后」と記されている。「西園寺殿の御妹の准后」は相子ではないだろうか。
 従三位相子は、一遍没年の翌年である正応三年(一二九〇)に准三后になり、新長講堂のある土御門第に住んだことから土御門准后とも長講堂准后とも呼ばれた(『続史愚抄』正応三年正月十九日条)。後深草法皇は、永仁三年(一二九五)と正安二年(一三〇〇)准后相子宛てに譲状を作成して長講堂領や新御領を譲与し、一期ののち後深草との間に生まれた陽徳門院に譲るよう指示している(4)。『聖絵』の後援者「一人」を、天皇という意味で「いちじん」と読みたくもなる。
 さらに、その姉妹には前関白九条忠教の正妻がいる。忠教は、『聖絵』成立の正安元年(一二九九)には前関白(一の人)であり、やはり後援者「一人」の候補である。中院通成を中心に見れば、前関白九条忠教を「一人」候補者からはずす理由は見つからない。
 このように一遍の周辺には、中院通成を中心に中院(三条坊門)家・西園寺家・九条家に連なる人びとが登場する。これら三家は源頼朝の妹婿一条能保の娘たちの婚家であり、もともと姻戚関係にあった。広く中院通成の一家と見ることができよう。
 また中院通成の縁者のほかにも、『聖絵』に登場する公卿はいる。まず『聖絵』巻七第三段に、弘安七年(一二八四)一遍が従三位基長と結縁した記事がある。基長(生年不詳―一二九八)は藤原式家出身の文章博士で、正三位にまで昇った有識者であった。しかし一遍と同年の正応二年(一二八九)に没しているため、それから十年を経て成立した『聖絵』の後援者にはなりえない。
 さらに『聖絵』巻九第一段には、弘安九年(一二八六)冬、公家の名門大炊御門二品禅門が登場する。当時、大炊御門家で二位(「二品」)であった人物には信嗣・冬輔兄弟がいるが、信嗣(一二三六―一三一一)は正応三年(一二九〇)に内大臣を辞するまで現職であったため禅門ではありえず、しかも辞職したときの位階は従一位であったため、辞職後も大炊御門二品禅門と称されることはない。しかし弟冬輔(一二四八―没年不詳)であれば、ちょうど弘安九年(一二八六)に権中納言を辞職しているため、『聖絵』に登場する大炊御門二品禅門にふさわしい。ただし、正二位権中納言で辞職したため、「一人」と呼ばれることはない。
 「一人」を「いちのひと」と読めば摂政関白・太政大臣であり、九条忠教や西園寺実兼と考えられる。また「いちにん」と読めば、『聖絵』成立当時に現職の右大臣であった西園寺公衡の可能性は高い。しかし、『聖絵』に西園寺家の人びとが登場しない。西園寺家が後援者であれば、『播州法語集』に登場する「西園寺殿の御妹の准后」が『聖絵』に登場してもいいだろう。ところが登場しない。そうなると、西園寺公衡が願主であった『春日権現験記絵巻』と『聖絵』の画風が大きく異なることに注目できる。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文

恋愛哲学

『一遍聖絵』後援者「一人」と『遊行上人縁起絵』作者平宗俊(3)  佐々木哲学校/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる