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現在、『東大入試で遊ぶ教養 世界史編』改訂版を執筆中です。2007年・2008年の解答例と解説も付録としてつけます。改訂内容としては、単純ミスのほか、誤解を招きやすい表現も書きなします。改訂内容は以下のとおりです。 81〜82ページ しかし、このことで教皇は続権力になった。…第4回十字軍は宗教的な情熱ではなく、商業都市国家ヴェネチアの利害を優先し、ヴェンテチアのライバルであるビザンツ商人たちの都市コンスタンティノープルを攻略したものだ。もはや教皇は俗権力に堕落したのである。 【改訂】しかし、第四回十字軍(一二〇二〜〇四年)に国王たちは参加しなかった。第四回十字軍では、イェルサレムではなく当時のイスラームの中心となったアイユーブ朝の海路を目ざした。しかし参加者が少なかったことで船賃が不足したため、ヴェネツィアの意向を受けて船賃のためにハンガリーのザラを攻略した。同じカトリック国を攻撃したことで教皇から破門されるが、弁明して破門は解かれた。 ついでビザンツ帝国(東ローマ、三九五〜一四五三年)の亡命皇子の依頼を受けてその首都コンスタンティノープルを攻略したが、金銭と東西教会の統一という約束が守られなかったことから再度コンスタンティノープルを攻略し、ラテン帝国(一二〇四〜六一年)を建国した。このとき虐殺や掠奪が行われた。 はじめ教皇はコンスタンティノープル攻撃に怒ったが、攻略成功後には東西教会の統合を祝福している。さらに教皇はイェルサレムを目指すよう要請するが、ついに実施されなかった。教皇の威光は届かなかったのである。東ローマの皇族たちは旧東ローマ領の各地に亡命政権を樹立している。 161ページ アロー戦争(1856〜58、59〜60年)で、清がイギリス・フランスに敗北して天津条約(1585年)を結んだことが伝えられると、アメリカの駐日総領事ハリスはこれを利用して、イギリス・フランスの脅威を説き、同じ1585年に日米修好通商条約の調印に成功し・・・ 【改訂】1858年 174ページ アラービー=パシャの反乱と同時期、ナイル川上流のスーダンでは、エジプトのムハンマド=アリー朝の支配に対して、ムハンマド=アドが自らマフディーであると宣言して、聖戦(ジハード)を繰り広げていた。 【改訂】ムハンマド=アフマド。 177ページ チェコ=スロヴァキアのスデーデン地方をドイツに割譲した 【改訂】ズデーテン 211ページ ビザンツ帝国では、第一の信者であるビザンツ皇帝が教皇を兼任する皇帝教皇主義がとられた 【改訂】ビザンツ帝国では、ビザンツ皇帝が聖俗両権を持ち、東方正教会のトップに立つコンスタンティノープル総主教の任免権を持ち、事実上教会組織の首長を兼ねていた。 217ページ アタナシウス派は、@イエスは神であり、A神の子人間として神の言葉を伝え、B復活後に聖霊として教会を守護しているという三位一体説を唱えた。 【改訂】アタナシウス派は、「父なる神」と「子なるイエス・キリスト」と「復活した聖霊」の3つの尊さがみな等しく、神は固有の三つの位格でありながら、実体は同一であるという三位一体説を唱えた。 218ページ 726年ビザンツ皇帝レオ3世が製造禁止令を発令した。 【改訂】レオン3世 220ページ ムハンマドが生まれた当時、ビザンツ帝国とササン朝が激しく抗争し、東西交易の陸路が通行できなくなったため、紅海からインド洋に出る海上交易が発達した。それにともないアラビア半島沿岸の海港都市が繁栄していたそして、メッカはその中心だった。 【改訂】アラビア半島が東西交易の要所として繁栄した。そしてメッカはその中心だった。 223ページ ムハンマド家の一員アッバース家のアブー=アラアッバースが、イラン人改宗者やシーア派の支持を得てウマイヤ朝を倒し、アッバース朝を建国した。 【改訂】アブー=アルアッバース 227ページ ギリシア文化の影響を受けたクシャーナ朝 【改訂】ヘレニズム文化 227ページ ギリシア文化の影響 【改訂】ギリシア人国家の影響 229ページ クシャーナ朝は、ギリシア文化の影響で大衆的な大乗仏教を誕生させ、仏教世界初の仏像をつくったので、その顔立ちと衣服はギリシアの神像に似ている 【改訂】ヘレニズム文化 239ページ カスティリャ王国が、1236年にムワヒッド朝を撃退した 【改訂】ムワッヒド朝。 |
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半年近く書き込みが無かったので、ご体調でも崩されたのではないかと案じておりましたが、またお元気で執筆活動をなさっていらしたご様子、安堵いたしました。(^^) |
∞ヘロン 2008/05/29 20:35 |
返事が遅れ申し訳ございません。体調は崩していないのですが、現在週休がなく貧乏暇なし状態です。そのあいだをぬっての執筆ですので、まったく休む暇がありません。 |
佐々木哲 2008/06/23 11:21 |
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