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zoom RSS 大学基準と予備校基準・東大日本史編

<<   作成日時 : 2007/02/10 19:17   >>

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東大日本史で必要なのは、発想力だ。知識については、教科書レベルの基礎力で十分だ。この発想力が重要だということが、大学基準と予備校基準の違いだ。
 まず知っておいてほしいのは、歴史という学問が目指しているものは、これまで正しいと思われていた歴史常識を疑うということだ。今でも歴史という学問があるのは、歴史が暗記の学問ではなく、つねに歴史学のなかで歴史学の常識が疑われてきたということを示している。
 たしかに高校までの勉強では、教科書は正しいものだった。しかし大学では、教科書で学びながら教科書を批判する。常識を身につけながら、常識のおかしなところを指摘するのだ。
 ところが、大学受験では歴史は暗記の学問だ。予備校もこの一般常識に縛られている。予備校基準は私立文系の即応していて、暗記中心だから、細かい知識を問う私立対策にはいいだろう。しかし東大日本史では、一般の受験生が初めてみるような問題を提示する。予備校基準では、そのような初出の資料を見て、受験レベルを超えた資料問題が出たと思うだろう。そして、日本史は難しすぎる深すぎると評価して終わりだ。しかし、それは違う。
 常識を疑うにはデータが必要だ。入試問題であれば歴史資料のことだ。資料には自分の想像を超えた内容が記されている。それを理解する力を試したいのが、東大日本史だ。だから、そのような内容の記された資料をワザと出題する。その内容を理解できれば、常識を疑うことができる。それが、歴史学における発想力だ。
 東大日本史が発想力を重視していることは、資料が現代語訳してあることでも理解できる。純粋に発想力が見たいから、和漢文の読解力で差が付くようなことをしないで、発想力だけで差が付くようにしているのだ。それに受験生のみんなが、大学に入って日本史を専攻するわけではない。また日本史を専攻する学生なら、専攻にすすんでから十分に鍛えられる。受験段階では、現代語訳の資料で十分だ。
 だから資料を読んでみて、その中に書かれている内容が常識を破るような内容だと気づいたら、その内容に即した解答を書いてほしい。東大は同一の資料を見ながらも、新しい発想をする受験生をほしがっている。もちろん、勘違いと新しい発想は違うので注意してほしい(笑)。勘違いしないためには、基礎力が必要なのはいうまでもない。しかし、資料に書いてあること、資料から読み取れることなら、堂々と主張してほしい。それが、東大の採点者(助教授クラス)を喜ばせる解答だ。
 しかも東大は、模範解答を超える解答をもとめている。大学が用意した模範解答よりも優れた解答があれば、それをもとに最初から採点しなおすほどだ。それまでして優秀な学生をほしがる。また、それほど手間をかけて採点しているから、足切りもせざるを得ない。
 もちろん資料をいくら読んでも、新しい発想が浮かばなければ、そのときは仕方ない。青本の模範解答のように、自分が知っている知識をフル活用して説明すればいい。論述問題では、とにかく書くことが大切だ。しかし、それはあくまで次善の方法だ。資料から新しい発想が浮かんだら、遠慮なく、堂々と書いてほしい。
 拙著『東大入試で遊ぶ教養』シリーズは、歴史の新しい考え方を真似てもらうことで、発想力を身につけてもらおうという本である。基礎的なところでは赤本・青本と模範解答が近似しているが、発想力を問う問題では、大いに模範解答が異なっているのは当然だ。このぐらい大胆な発想をしてみてもいいんだよと見本を見せているのだから。
 書評では、この意図を理解していないものがあるが、それは評者が常識に縛られているからだ。東大入試が、発想力をもとめている問題であることを知らないで、いまだに予備校基準でしか東大入試を見ていないのだ。それでは、いつまでも次善の方法でしか東大入試を見ることができない。評論を見れば、逆に評者の実力が分かる。

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