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zoom RSS 『佐々木六角氏の系譜―系譜学の試み』 2版刊行!!

<<   作成日時 : 2006/10/18 12:20   >>

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お待ちどうさまでした m( _ " _ )m
ついに佐々木哲著『佐々木六角氏の系譜−系譜学の試み』が重版されました。最寄りの書店、発行者の思文閣出版にてご注文できます。また、ご近所あるいは大学の図書館に希望図書として依頼していただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

佐々木六角氏の系譜
佐々木 哲著
思文閣出版 (2006.3)
通常1-3週間以内に発送します。


判型:四六判 200頁
定価:2,310円(税5%込)
重版年月:2006年10月予定
ISBN:4-7842-1290-6

【内容】
入門書では必ずといっていいほど沢田源内による偽系図として紹介されている佐々木六角氏系図について、当時の資料をきちんと見れば見るほど、沢田源内によって創作されたといわれている六角義実・義秀・義郷の実在が見えてくる─
これまで、作為や錯誤が多いことから歴史資料として用いられなかった系図について、作為や錯誤を隠喩ととらえ、そのもとになった史実を明らかにする試み。
平安から戦国まで、佐々木六角氏の系譜をたどり、35人について、その事績を明らかにする。佐々木六角氏の人物事典としても有用。

【目次】
はじめに
系譜学の方法
宇多源氏の系譜
一品式部卿敦実親王
左大臣源雅信
源宰相扶義
四位中将成頼
左馬頭良経
蔵人経方
常恵冠者為俊
源行真申詞記
佐々木源三秀義
蔵人尉定綱
山城守広綱
近江守信綱
壱岐大夫判官泰綱
備中守頼綱
備中判官時信
大夫判官氏頼
右兵衛佐義信
左京大夫満高
大膳大夫満綱
兵部大輔持綱
近江守久頼
御屋形様政勝
大膳大夫高頼
近江守氏綱
江州宰相義久
徳川公義秀
左兵衛佐義郷
大本所義堯
左衛門督侍従義康
左馬頭義政
朝倉義景
弾正少弼定頼
左京大夫義賢
右衛門督義治
中務大輔高盛
おわりに
あとがき
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コメント(24件)

内 容 ニックネーム/日時
本屋で立ち読みした、歴史ミステリー「信長の棺」(加藤廣著、日経新聞社)の第一章<安土脱出>のくだりに、
「観音寺城の佐々木一族は、最近になって城主の義秀を亡くし、(中略)幼少の遺子を守りたてるために、」という記述がありました。佐々木義秀は実在しなかったという常識が揺らぎ始めているのでしょうか?
さわだ
2006/10/19 19:39
わたしは、まだその本を読んだことがありませんが、義秀が登場することは聞き
知っています。

Wipediaでは、六角義郷の記事があるようです。

だんだんと六角義実(義久)・義秀・義郷(義康)などが認知されてきたようですね。
佐々木哲
2006/10/19 20:29
遂に長年の夢が***
おめでとうございます。
奈賀樹
2006/10/23 22:24
ありがとうございます。

とても好評で、2版を刊行することができました。私も自信もつきました。今後も皆様の期待に背かないよう、通説をやぶる研究をすすめてまいります。
佐々木哲
2006/10/24 00:28
本当にすごいですね。私にはとても無理です。今でも相変わらず義経追っかけを続けておりますがまだまだ未熟です。それと佐々木定綱ゆかりの寺を大阪市淀川区内で偶然見かけましたがご存知でしょうか?
奈賀樹
2006/10/24 11:25
『佐々木六角氏の系譜−系譜学の試み』の重版、誠におめでとうございます。
本文に書かれていました「ビーケーワン」の詳細から、貴共著『戦国大名閨閥辞典<第二巻>』に収録されている、「京極氏」と「六角氏」、および同じく共著『経済史・経営史研究の現状』第U部第五章 「十七世紀日本の人口増加と階級間移動」を図書館から借りて拝読しました。今まで貴著を色々検索していましたが、これら共著の書籍名はなかなかヒットしませんでしたので、今般遅ればせながらようやく拝読することができました。当著を当ブログのどこかにご案内下さると、皆さんにも解りやすいのではないかと思われますが、いかがなものでしょうか。
∞ヘロン
2006/10/24 11:36
「京極氏」と「六角氏」は大変興味があるだけに、先生の巧妙な読者の興味を引く術中にはまって抜け出られなくなると、小生の研究が今まで以上に遅遅として進まなくなりますので、敢えて遠ざかることにしまして……(^^;
「十七世紀日本の人口増加と階級間移動」は、水野氏研究にも、とても関係深いテーマであり、没落大名や被官の多くは帰農・帰商していることや、また帰農のことを「蟄居」と記しているなど、大変参考になりました。どうもありがとうございました。またこういった分野での著書にも期待しております。

∞ヘロン
2006/10/24 11:38
∞ヘロン様
コメントありがとうございます。

共著『経済史・経営史研究の現状』(大塚勝夫編、三嶺書房)は、出版元が倒産して、現在では手に入らない状況ですので、拙論「一七世紀日本野人口増加と階級間移動」の内容は、『東大入試で遊ぶ教養』日本史編の中にも記述しておきました。

しかし、拙論を読みたいという方が今後もいらっしゃるかもしれませんので、共著があることを、ブログの自己紹介などに記しておくようにいたします。

これからも拙著の刊行は続きますので、「術中にはまる」などと人聞きの悪いことはおっしゃらずに(笑)、読んでいただければ幸いです。
佐々木哲
2006/10/24 13:23
奈賀樹様
お久しぶりです。「義経」「淀川」と記されていたので、どなたか分かりました。お元気そうで何よりです。

大阪市淀川区の佐々木定綱ゆかりの寺については存じ上げませんので、情報をいただければ幸いです。
佐々木哲
2006/10/24 13:35
現在、倉敷(こちらにも佐々木盛綱ゆかりの地があります)に住んでおりますのですぐには無理ですが、実家に帰った時に調べておきましょう。
奈賀樹
2006/10/24 15:22
よろしくお願いいたします。
そして、また連絡が取れたこと嬉しく思います。
佐々木哲
2006/10/24 20:19
佐々木様
大阪市淀川区のお寺を調べました。ところが、佐々木定綱ではなく盛綱でした。(下記のとうりです。)間違ってごめんなさい。
■ 常光寺
●東三国1丁目32番街区
 源頼朝の家臣、佐々木盛綱が、主人の没後出家して僧西念となり、建仁年間(1201〜1204年)当地に行脚し、小庵を結んだのが起こりです。寛政5年(1793年)正久法師が再興し現在に至ります。山門横の大楠は見事です。
 浄土真宗の常光寺(東三国1丁目)には、名将・佐々木左兵衛盛綱(さひょうえもりつな)ゆかりの阿弥陀如来がまつられています。盛綱は源頼朝の家来として活躍しましたが、50代半ばから信仰ひとすじに生きるようになり西国行脚に出かけました。その途中、常光寺に立ち寄り小堂を築いて持仏の阿弥陀如来を安置したということです。常光寺の住職は代々学者として村人から尊敬され、この地区で唯一、寺子屋も開いていましたが、その寺子屋は明治8年、現在の北中島小学校の前身である五番小学校となりました。
奈賀樹
2006/10/27 20:37
詳細な報告ありがとうございます。

佐々木盛綱ゆかりの寺なら聞いたことがあります。浄土真宗寺院には、盛綱伝説を寺院縁起にする多くあります。常光寺もそのひとつですね。

大阪に行く機会があったら、立ち寄ります。

また何か情報がありましたら、気軽に連絡ください。
佐々木哲
2006/10/28 00:41
源平時代の佐々木といえば盛綱、高綱がよく知られていますから全国にいろんな説話がありますものね。特に盛綱は熊谷直実と共通点が多いと思いませんか?それは私が感じている事ですので深く考えないで歴史を楽しみましょうね。(偉大なる先生に向かって生意気な事をゆうて堪忍!)29日に京都で講演があるそうですが大阪の実家(北中島小学校の近く)にいてたら忍びでいけるかもしれませんのに残念ですわ(笑)
奈賀樹
2006/10/28 11:07
ブログでも講演でもどちらでもいいですから、今後も気軽に遊びに来てください。いつでも歓迎いたします(ちょっと関西なまりが入る)。
佐々木哲
2006/10/29 04:40
京都の秋はいがかでしたか?昔学生だった頃、京都
へ遊びに来られた帰りに近江八幡市の佐々木さんに会いに行かれたと記憶にございますけどご健在であらせられますか?
奈賀樹
2006/11/03 13:53
京都は日帰りで、しかも京都の駅ビルとそこから歩いて5分の会場の間を歩いただけです(笑)。

それでも駅ビルの京都伊勢丹から出たところで、すぐに二人の舞妓さんとすれちがったことが、いつもと異なる新鮮な瞬間でした。

紅葉にはまだ早かったようで、新幹線からの風景も変わりはなかったかな。というか、新幹線の中では、ずうっと原稿を書いていました。

ところで、滋賀県の方は郷土史家の田中政三さんという方で、すでに故人です(合掌)。
佐々木哲
2006/11/05 02:03
そう、田中さんというお方でございました。もしご健在であらせられましたら貴方のご活躍を一番喜んでおられたかもしれませんね。ほんに初心を貫いておられる貴方の御姿に頭の下がるおもいが致します。
私なんか全然進歩してなくて恥ずかしい限りですわ。
昨年の「義経」の時は周囲から見境がなくなっていると言われた位舞い上がりぱなしでしたの。(笑)

京都はあなたとご一緒に史跡巡りした所で私が50か所以上を案内しようとしましたら一日では無理と仰せになった事を覚えておいでですか?懐かしいとの一言に尽きますわ。
奈賀樹
2006/11/05 17:00
田中政三氏が今日も健在であれば、わたしの出版を喜んでくれたものと思っております。

わたしは、京都は気に入ったところでのんびりとするところと思っています。最近の京都は洋菓子がおいしく、そんな意外性も楽しんでいます。
佐々木哲
2006/11/06 02:10
倉敷に来てまだ2ヶ月ですけれども美観地区しか見所がなくてちょっと不満ですわ。やっぱり大阪がええどすえ!義経ゆかりの地が近畿にぎょうざんありますよっていつでも行きはりました。そうそう、京都に白拍子装束が着れる所があって、うちの長年の夢が叶いました(涙)あら、また大阪弁丸出しもうて堪忍しておくれやす。
奈賀樹
2006/11/06 13:30
懐かしいお名前に接しました。
一度近江八幡のご実家まで押しかけてご教授頂きました。
氏と安土風土記の学芸員氏との議論には驚愕しました。
あれから六角氏について卒論を書き上げた思い出があります。
氏は熱血漢でしたが、穏やかな微笑が忘れられません。

2006/11/06 13:31
祐さん
コメントありがとうございます。

田中政三さんに触発されて卒業論文を書かれた方が、私のほかにもいらっしゃったんですね。田中さんはとても熱血漢でした。あの田中さんの姿を見ていたから、わたしも一人で研究を続けられたのです。
佐々木哲
2006/11/06 13:46
「貴著紹介コーナー」を設置いただいたので、とても解りやすくなりましたね。(^^)
 これに関連して『戦国大名閨閥事典』第二巻に佐々木先生と共著の「斉藤氏」著者横山住雄氏と、先日拙ブログ記事「海潮山 浄音寺の喚鐘 ≪考証≫」に関して色々とお世話になりました。数度電話でお話しいただき、また史料なども頂戴いたしました。
一冊のご本の、しかもお二方と交信でき共にご親切にご教授いただいたことに感動を覚えております。これからもまた引き続きどうぞよろしくお願いいたします。m(__)m
投稿記事のPRです。ご高覧下さいませ。
http://blog.goo.ne.jp/heron_goo/e/f5098818c767189d7a4dfc05fdbf5567

∞ヘロン
2006/11/22 09:41
返事のコメントが遅れ、申し訳ございません。

私は共著者の方々とはお会いしたことがありません(笑)。小和田哲男氏が新人物往来社に紹介くださって、それで共著者の一人に加えていただいたものですから、横のつながりがないのです。

共著者の横山氏がそのように親切な方で、私もうれしく思います。とくに横山氏はその原稿の内容から、私の研究に共鳴されていることが分かりますので、私も感謝している方です。
佐々木哲
2006/11/26 15:22

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