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zoom RSS 2002年東大前期・世界史第1問「華僑の歴史」

<<   作成日時 : 2006/09/05 11:56   >>

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世界の都市を旅すると、東南アジアに限らず、オセアニアや南北アメリカ、ヨーロッパなど、至る所にチャイナ・タウンがあることに驚かされる。その起源を探ると、東南アジアの場合には、すでに宋から明の時代に、各地に中国出身者の集住する港が形成され始めていた。しかし、中国から海外への移住者が急増したのは、一九世紀になってからであった。その際、各地に移住した中国人は低賃金の労働者として酷使されたり、ヨーロッパ系の移住者と競合して激しい排斥運動に直面したりした。例えば、米国の場合、一八八二年には新たな中国人移民の流入を禁止する法律が制定された。米国がこのような中国人排斥法を廃止したのは第二次世界大戦中のことであり、大戦後にはふたたび中国からの移住者が増加した。
 上述のような経緯の中で、一九世紀から二〇世紀始めに中国からの移民が南北アメリカや東南アジアで急増した背景には、どのような事情があったと考えられるか、又海外に移住した人々が中国本国の政治的な動きにどのような影響を与えたか、これらの点について、解答欄(イ)を用いて一五行以内で述べよ。なお、以下に示した語句を一度は用い、使用した場所に必ず下線を付せ。

  植民地奴隷制の廃止   サトウキビ・プランテーション
  ゴールド・ラッシュ   海禁   アヘン戦争
  海峡植民地   利権回収運動   孫文



【解き方】
 一九世紀から二〇世紀始めに中国からの移民が南北アメリカや東南アジアで急増した背景と、かれらが中国本国の政治的な動きに与えた影響を論述する問題だ。
 あたえられているキーワードは、「植民地奴隷制の廃止」「サトウキビ・プランテーション」「ゴールド・ラッシュ」「海禁」「アヘン戦争」「海峡植民地」「利権回収運動」「孫文」だ。これらを時代順に並べ替える。
 すると、「海禁」「アヘン戦争」「海峡植民地」「植民地奴隷制の廃止」「サトウキビ・プランテーション」「ゴールド・ラッシュ」「利権回収運動」「孫文」になる。奴隷制度についてまとめて記述されている教科書はないが、これで華僑の歴史が見えてきたのではないだろうか。
 まず、キーワード「海禁」だ。海禁政策は明・清の時代に倭寇や海賊行為を禁じるために実施された政策で、中国人の海外渡航を禁じるものだ。
 中国の華僑の多くは広東・福建の出身だとされているが、漢以降、戦乱や王朝交替のたびに華南地方に移住する者が多かったために、これらの地域ではとても人口が多かった。それにもかかわらず、これらの地域では耕作可能な土地が少なかった。そこで、清朝の海禁策を破ってまでも海外に移住する者が多かった。さらに一九世紀になると、中国国内の地主制の伸展や太平天国の乱等の戦乱で土地を持たない貧民が大量に発生して、中国からの移民が増大した。
 つぎに、「植民地奴隷制の廃止」だ。ここで、イギリスの植民地政策が大きくかかわってくる。
 アヘン戦争の南京条約で海禁政策が廃止されると、合法的に海外渡航できるようになったのだから、海外移住者が激増した。イギリスが海外植民地奴隷制の廃止へと政策を転換したことで、アフリカ人奴隷に代わる労働力として、中国人やインド人のクーリーが注目された。このことも中国人移民が増加した理由だ。中国人移民は、カリブ海イギリス領のサトウキビ・プランテーションの労働力となったのだ。これが、中国人移民のアメリカ大陸のきっかけになった。
つぎに、「海峡植民地」だ。海峡植民地とは、イギリスがマラッカ海峡に建設した植民地だ。
もともと華僑の多かった東南アジアでは、イギリスによって「海峡植民地」が建設され、そこで錫(すず)鉱山が開発されると、華僑が錫鉱山やゴム・プランテーションの重要な労働力になった。さらに、西インド諸島のサトウキビ・プランテーションでも貴重な労働力となった。
 つぎに、「ゴールド・ラッシュ」だ。
 北米では、一八四八年にカリフォルニアでおこった「ゴールド・ラッシュ」を機に中国人移民が急増した。さらに南北戦争で奴隷制が廃止されると、かれらは大陸横断鉄道の主要な労働力となった。また南米のブラジルでも、奴隷制が廃止されたことで中国人移民が増加した。
 最後に、「利権回復運動」「孫文」だ。これで、華僑が中国革命の経済的基盤になったことを見る。
 海外に移住した中国人の中からは、列強の進出によって民族的危機に直面していた祖国を憂慮し、外国に奪われた利権回収運動をすすめるものもあった。こうして中国の民族運動・革命運動を支える存在となった。アメリカで教育をうけた孫文は、近代国家形成を目指す革命運動を展開し、華僑はそのような革命運動の資金提供など重要な役割を担った。とくに東京には中国人留学生も多く、かれらは孫文を支持し、一九〇五年孫文は東京で民族・革命運動を統一して中国同盟会を結成した。こうして革命運動は大きなうねりになった辛亥革命へと向かった。

【解答例】
華僑は中国の広東・福建省出身者が多いが、それは人口が多いにもかかわらず土地がやせていたからだ。さらに一九世紀アヘン戦争の南京条約で海禁政策が廃止されると、海外渡航者が増大した。しかも一九世紀にはイギリスが植民地奴隷制の廃止へと政策を転換したことで、アフリカ人奴隷に代わる労働力として、中国人労働者が注目され、イギリス領のサトウキビ・プランテーションの労働力になった。東南アジアにイギリスの海峡植民地が建設され、錫鉱山が開発されると、華僑が錫鉱山やゴム・プランテーションの重要な労働力になった。北米でもカリフォルニアのゴールド・ラッシュを機に中国系移民が急増し、南北戦争後での奴隷制廃止を背景に、大陸横断鉄道の主要な労働力にもなった。また南米のブラジルでも、奴隷制が廃止されたことで中国人移民が増加した。その一方で本国中国では列強による侵略がすすんだため、漢民族の中から利権回収運動がおこり、孫文が中国革命をめざすと、華僑はその資金を提供した。

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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
この問題はもう少しつめて書けば100字は余る。問題文にこの時期に著しく増加したのは何故か?とある。つまりこの解答例ではその著しさが際立たない。問題文の最初に宋と明のことが記されているが、それは宋・明と比較して際立っていることを書いたほうが題意にそうものとなる。
公孫讃
2007/12/20 02:53
貴重なご意見ありがとうございます。

ただし、原因についてはきちんと比較して書いてあります。また急増したことを示すために、「さらに」という接続詞でつなげました。キーワードが宋明時代のものではなく近代のもの中心であることを考慮すると、これ以上宋明に触れては、出題者の意図に合致しているとはいえません。また宋明時代を記述するために近代を縮めてしまうと、近代の事項のつながりを書くことができなくなり、かえって出題意図に反します。さらに、専門的ではなく、受験生が書くものとして解答例を作成しています。ご了承ください。

拙著では解き方と解答例だけではなく、歴史と勉強のコーナーを作り、より詳しく説明していますので、ぜひ読んでみてください。
佐々木哲
2007/12/20 12:03
公孫讃さんの指摘は強ち専門的で受験生向きではない、とも言いきれないのではないでしょうか。
「急増」という変化を記述するのですから、変化前の状態を書くことは当然と言えば当然です。
それと、どうやって華僑が資金提供するに至ったのか、は明記すべきではないでしょうか。
つまり、労働力として移住しただけでなく、東南アジアでは複合社会と呼ばれるように白人と現地民の中間支配層になった華僑もいたし、経済的に成功した人たちが大勢いた。彼らがナショナリズムの精神から資金提供したわけです。彼らは移住先で厚遇されていたとは、いえませんからね。
康有為
2016/09/28 21:51

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