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zoom RSS 『系図資料論』序

<<   作成日時 : 2006/02/26 03:54   >>

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 わたしたちは似たものに同じ記号を付け、同じカテゴリーに分類する。たとえば系図に作為と錯誤が多いという符号が付けられたことで、すべての系図資料が実証的な歴史研究の資料にはなりえないと思われた。たしかに系図の記述そのままを信じることはできない。佐々木系図で近江国佐々木庄に最初に留住した伝えられる源成頼は、実際には四位中将という殿上人であり、近江国に留住した形跡はない(1)。系譜伝承のまま源成頼が近江に留住したと記述すれば誤りとなる。しかし系図は、本当に実証的研究の役に立たないものなのだろうか。
 たとえば、佐々木氏が宇多源氏(宇多天皇を祖とする源氏)であることはよく知られている。前述の佐々木氏の祖中将源成頼は宇多源氏宰相扶義の長子である。そのため佐々木氏であれば源氏という固定観念を持つ。
 ところが、佐々木一族の山崎系図には「佐々木末流平氏」と記されている(2)。常識で考えれば、佐々木氏が平氏であるはずはない。やはり系譜伝承には誤りが多いという常識的な結論に至って終わる。このように常識と系譜伝承が食い違ったとき、常識が疑われることなく系譜伝承が疑われる。そして、それ以上深く探究されない。
 しかし院政期の宇多源氏流佐々木庄下司季定(本名為俊)は、『中右記』など当時の記録で「平為俊」と記されている(3)。彼は『平家物語』にも登場する白河院の寵臣為俊(左兵衛尉・検非違使)であり、童形のうちから院北面に列していた(4)。北面は、院御所の北面にいて院中を警衛する武士である。佐々木系図では佐々木季定の元服後の名乗りを「常盤恵冠者」と伝えられ、『尊卑分脈』でも「常恵冠者」「本追捕使為俊」と記されており、寵臣為俊に相応しい系譜伝承を伝えていたが、これまで平為俊と同一人物とは見られることはなかった。しかし佐々木氏が源氏であるという常識をひとまず脇に置くことで、佐々木季定(本名為俊)と平為俊が同一人物であることが見えてくる。実は父経方(散位経重)も平氏を名乗っていた(5)。
 佐々木庄の一部は白河院の孫前斎院悰子内親王(堀河天皇の第一皇女)領となり、さらに天承元年(一一三一)白河院の冥福を祈るために神宮御厨となった。佐々木御厨内の神宮神社では、三月五日の祭礼で白河院の歌「さき匂ふ花のけしきを見るからに神の心なよそにしらるゝ」を唱える慣例があった(6)。前斎院領の母体であった佐々木荘全体も、天皇家領であったと推測できる(7)。 このように佐々木庄は白河院と関係が深い。佐々木庄は為俊によって白河院に寄進されたと考えられる。
 のち為俊は村上源氏丹波守季房の養子になり、源家定と名乗った(8)。これで佐々木氏は源氏に復したことになる。永治二年(一一四二)白河院の養子である後三条源氏の左大臣源有仁が佐々木庄領家であり、また清和源氏の源為義が同庄預所であったが、このとき為俊の一族佐々木庄下司行真も源氏を名乗っている(9)。さらに源有仁没後には、後白河院近臣である宇多源氏時中流の権大納言資賢家が、佐々木庄の領家職を獲得したのだろう、その子孫が佐々木(佐々木野)を家名にした。こうして佐々木庄は源氏一色となった。
 佐々木氏に関しては、為俊以前は源氏を名乗っていなかったかもしれないと考えることで、為俊以前の系譜を実証的に研究できるようになる。
 ところで為俊の系譜上の子息源三秀義は、平治の乱後に東下したが、それ以前の秀義の事跡で明らかなのは佐々木庄領家・預所であったことだけである。預所職は系譜伝承にもあるように、同庄預所源為義の娘婿になったからだろう。では同庄領家職を獲得したのは、どうしてだろうか。『尊卑分脈』によれば、後白河院近臣源資賢の三弟資長が有事によって遁世し東下している(10)。佐々木庄領家であり、有事で東下したという点で、秀義と資長の事跡は一致する。このことは、『尊卑分脈』の記述に注目することで気づくことのできたことである。
 『吾妻鏡』治承四年八月九日・十日条によれば、秀義は平治の乱後に叔母の夫奥州藤原秀衡を頼るために東下したが、途中東国武士に引き留められて、秀義・定綱父子はそれぞれ相模国渋谷重国と下野国宇都宮朝綱に寄食していたという。しかし秀義の養父為俊は、検非違使の功績で叙爵(叙従五位下)されると、仮に宿官として下総介(下総国司次官)に補任されたのち、正式に駿河守(駿河国司長官)を受領している(11)。さらに秀義(資長)の実兄源資賢は、上総国の知行国主であった。『公卿補任』で、資賢が近親者を上総介に推挙していたことが確認できる。佐々木氏は、頼朝挙兵以前にすでに東国豪族と交流があったのである。また実兄が後白河院近臣であれば、秀義の東下は単なる逃避行ではなく、密命を帯びていたとも考えられる。その後、佐々木氏は定綱・経高・盛綱・高綱・義清ら兄弟の活躍で鎌倉幕府創建に大きく貢献し、有力御家人として数カ国の守護や幕府要職を歴任したほか、京武者として検非違使を世襲官途にした。
 このように山崎系図や『尊卑分脈』の記述に注目することで、多くの史実が見えてくる。系譜伝承は、実証歴史学に仮説を提供することができる。系譜伝承と常識が異なっていたとき、系譜伝承を作業仮説に立てることで常識を揺さぶることができる。そのことで、それまで見えてこなかったものが見えて来る。
 常識では考えられなかったものと出会ったとき、ありえないと言って無視するのではなく、面白いと思って探求することが大切だろう。そのことで新しい事実が見えてくる。系譜伝承には誤りが多くて資料として使用できないという常識も、疑わなければならない。系譜伝承も歴史の中から生まれて来たものであり、系譜伝承を資料から排除すれば、当然抜け落ちる史実がある。系譜伝承を資料として使用すれば、これまで無視されてきた史実をすくい出せるだろう。
 歴史学において常識を疑うという作業は、この歴史の多様性を記述するためには必要な作業であり、歴史学を活性化させる重要な作業である。ひとつの見方と確実な資料だけで歴史を再構成すると、堅実な歴史像が構築できるどころか、かえって歴史を歪めてしまうことになる。

【注】
(1)『権記』長保三年八月四日条、および同五年八月七日条。
(2)寛永十五年九月日付佐々木末流平氏山崎系図。近江佐々木氏の会山崎正美氏のご指摘による。
(3)『為房卿記』寛治六年正月二十五日条、『中右記』寛治七年三月二十日条、『中右記』寛治八年三月八日条、『中右記』嘉保三年七月十日条、『殿暦』康和二年正月五日条、『中右記』嘉承三年正月二十四日条、『殿暦』天永二年十月十七日条ほか。
(4)『平家物語』俊寛沙汰・鵜川軍。
(5)(『康平記』康平三年七月十七日条、同月十九日条。『帥記』康平八年七月七日条)
(6)『蒲生郡志』巻六、二四四−五頁。
(7)西岡虎之助『荘園史の研究』下巻の一(岩波書店、一九五六年)四四二−三頁。
(8)(『長秋記』長承三年(一一三四)五月十五日条の賀茂行幸の記事で、舞人のひとりとして四位陪従家定が見える。「舞人左中将公隆、右少将公能、侍従公通、政範、為通、光忠、右大臣孫、蔵人二人泰友、ゝゝ、四位陪従忠盛、家定」という記事である。殿上人ではない地下の四位・五位で、行幸に随従する者を陪従という。このとき忠盛は鳥羽院北面であったが舞人として随従した。忠盛とともに四位陪従と記されている家定も、舞人として随従した鳥羽院北面であろう。忠盛とともに鳥羽院北面に列した為俊の改名後の実名と考えられる。さらに同記保延元年(一一三五)四月二十一日条に「家主季房朝臣、家定朝臣以下、一家人々十二人也」とあることで、季房の養子になることで源氏を名乗ったことが分かる)
(9)『平安遺文』〇二四六七号。
(10)『尊卑分脈』宇多源氏流、源資長の項。
(11)『殿暦』康和二年正月五日条。『魚魯』七。『中右記』嘉承三年正月二十四日条。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
常識を疑う・・・ということは気がつかない点でした。探求の心をこれからは持つようにしようかなぁ〜・・・と感じています♪

系譜も探求すると見えないことがみえてくるものなんですね♪
ちこりん
2006/02/26 08:56
歴史という学問で、時が経っても新説が出るのは、この常識を疑うという作業をしているからです。
とくに中世史は新しい史料が出るということが困難ですから、常識が疑うという視点が必要になります。
佐々木哲
2006/02/26 15:27
なるほど・・・そうでしたか♪まずはそうなると常識を疑う材料がないといけませんね♪

うーーん・・・難しいなぁ〜♪と言いますか、奥が深いなぁ〜♪
ちこりん
2006/02/26 23:41
常識を疑うということは、自分なりの視点を持つということですが、これは意識してやろうと思ってもなかなかできません。
ただ、おかしいな思ったことがあったら、素通りしないで立ち止まってみるといいんです。みんなが当たり前といって素通りしてしまうことでも、自分がおかしいと思ったのなら立ち止まってみるんです。それが自分なりの視点であり、常識を疑う一歩になります。
佐々木哲
2006/02/26 23:55

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