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<<   作成日時 : 2006/02/26 03:53   >>

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 家系・系図の研究でまず思い出されるのは、太田亮氏である。太田氏は系譜学会を組織して、機関誌『系譜と伝記』(のち『国史と系譜』)を発行し、各地の愛好家から多くの論考が寄せられた。『姓氏家系大辞典』はそのような広大な基盤の上に完成したものである。太田氏は家系に関する資料を集めて整理し、歴史資料としての系図の価値を高めようとしたと評価できる。
 その一方で史実探究を急いだために、同一地域に古代豪族と中世豪族があった場合には、中・近世の系図を疑って中世豪族を古代豪族の直系の子孫とした。たとえば宇多源氏流左大臣源雅信の子孫という佐々木氏の系譜伝承も、平安時代後期の貴姓を称する風潮の中で、古代豪族佐々貴山公の子孫が公卿源氏の子孫を詐称したと断定した。太田氏は系図の資料価値を高めるために、疑わしいものはまず否定したのである。宇多源氏登場以前、平安時代中期の土地売買に関する田券(12)で、近江蒲生郡の郡司佐々貴山公房雄とともにその一族として佐々貴氏が登場すれば、後世の佐々木氏は宇多源氏ではなく佐々貴山公の子孫と考えたのも無理はない。中世佐々木氏の宇多源氏という系譜伝承は疑われ、佐々木氏は全て古代佐々貴山公に結び付けられた。
 古代氏族の系図研究では佐伯有清氏の『新撰姓氏録』研究が著名であり(13)、記紀の記述を裏付ける/あるいは相対化する一級資料としての系図の重要性が注目された。「海部氏系図」「和気(円珍)系図」などの古い形の竪系図や、「下鴨系図」「上賀茂社家系図」「出雲国造系図」など中・近世の系図の中に書写されている古系図が著名である。しかも古系図は一般的に資料的価値が高いとされている。そのため中・近世の系図を疑い、中世豪族を古代豪族に結びつけることが学問的と考えられたのである。
 たしかに多くの中・近世の系図は、系図の先端が源氏や平氏・藤原氏など貴種に安易に結び付けられている。しかし中世では、天皇家も特定の職掌を相伝するひとつのイエであり、武家や寺社と並ぶ権門のひとつにであった。中・近世系図は自らの家系を直接天皇に結び付けたものではなく、自らが属する/あるいは属していた中世の権門に結び付けたものといえる。清和天皇に結び付けたのでなく、武家の棟梁清和源氏に結び付けたのである。そこでは擬制的親子関係・同族関係が築かれたのであり、単なる作為とはいえない。また中央貴族の子孫が国司の任期を終えたのち、古代豪族が継承していた職掌を、擬制的親子関係を結ぶことで継承して留住することもあった。そうであるにもかかわらず中世のイエをただちに古代のウジに結び付けるならば、中世を古代の単なる延長と見なすことになり、天皇を相対化した中世のイエを、天皇中心の古代の氏姓のなかに組み込み序列化していくことになる。これでは中世のあり方の特異性を考察できず、かえって歴史を歪める。やはり中・近世系図独自の研究を進める必要がある。
 古代氏姓に重点が置かれていたことを除けば、『姓氏家系大辞典』は今日でも十分に家系・系図研究に資する大辞典である。ただし私の研究に役立っているのは、そこにおける考察ではなく、むしろ無批判に採集された系図資料である。史料批判も真に価値自由なものではなく、つねに批判する側の主観が入り込んでいる。そのため学問環境が変われば採用基準も変わる。従来採用されていなかった資料が、やがて採用されるようになる。それが、無批判に集積された系図資料が今日役立っている理由である。
 義江明子氏が指摘しているように(14)、現在の系譜資料論には、家族・親族研究の流れと系図を視覚的に把握する記号論・象徴論の流れの二つの潮流がある。
家族・親族論研究の流れでは、網野善彦氏の研究が先駆けとなった。網野氏は歴史資料としての系図の意義に注目し、女系の記述が豊富な西日本型系図について論じた論文「若狭一二宮社務系図」(15)では、一九七〇年代後半から八〇年代にかけて展開した古代・中世家族史研究の先駆けをなした。このように系図から、名前に見られる家族史的視点や婚姻関係を明らかにすることができる。
 また義江明子氏は、竪系図と横系図の違い、系線の引き方・曲げ方、人名の形式、省略記号の有無、押印の場所、空間のとり方など、微細な表記形式がそれぞれ意味をもつことを主張した。内容の書き換え・造作も無意識のうちにその時代の系図様式に則って行われるという。系図の様式がそれぞれの時代で変化するものであれば、まちがいなくそこには時代の意識と無意識が反映する。このように系図は紛れもなく、かけがえのない一級資料である。系図の様式に注目することで新たな研究方法も確立されよう。
 この方法は中・近世系図にも応用できる。例えば中世系図には視覚的に上位世代では単線的であり、下位世代になるほど増大する正三角形状になるという特徴がある。これまで上位世代の単線の部分は、貴種につなげるための架空の人物と見なされてきた。たしかに、そのようなものもあろう。しかし、全てがそのような作為とは言えない。中世前期には職継承を中心とする非血縁の相伝系図が多く、それらが単線的な系図だからである。上位世代が単線的で下位世代が三角形という形の系図は、視覚的に単線に見える上位世代の部分は相伝系図で、視覚的に正三角形状に増大していく下位世代の部分は血縁優先のイエ系図と考えられる。そのような系図の形は、中世前期=職継承を中心とする非血縁の相伝系図から、中世後期=血縁優先のイエ系図へと系譜意識が変遷したことを示している。
 さらに黒田日出男氏は『若狭国鎮守神人絵系図』の研究で、絵系図がもっている時間の向き、肖像画の顔の向きや視線の位置などにも注目して、文字だけではなく肖像画も含めて総合的に絵系図を解釈した(16)。絵系図の場合は、その美術的価値だけではなく、視覚化されたものを探究することがきわめて重要である。その系図が何の相伝を記述したものか、それをどのように表現しているか、それぞれの文脈の中で研究する必要がある。
 このような傾向は従来の文字資料偏重の傾向に対する反省から、絵画をはじめとする文字以外の資料が今日注目されていることと関係がある。人間の生活は文字だけで成立しているのでない。そのため文字資料だけで歴史を再構成すれば、文字を残さなかった人々についての史実は抜け落ちる。それでは、政治史から社会史、さらに生活史に移行してきた現在の歴史学がもつ現代的課題に応えられない。そこで文字以外の資料を使いこなす技法が必要になった。その方法の開発はまだ端緒に着いたばかりだが、系図でも文字だけではなく、全体の構成や系線のとり方も注目されるようになった。文字資料だけでは読み取られなかった史実も、絵画資料から読み取れられた。しかし系図の視覚を重視するあまり、言葉を排除しては片手落ちだろう。文字と図形の両方があってはじめて、ひとつの系図として成立しているからだ。やはり文字と視覚の両者を総合して研究する必要がある。
 網野善彦氏は「系譜・伝承資料学の課題」(17)で、系図・系譜は集団や個人による自らの関わった歴史叙述の一形態であり、神話・伝承と正確な史実との狭間にあると指摘した。これは、系譜資料の特質を言い当てている。しかし今日の中・近世系図研究は、内容が信用できる中世の古系図が中心である。それでは旧家に残るほとんどの系図を資料として活かせない。
 現在の系図研究に求められるものは、単に史実と作為との区別にとどまるのではなく、その作為の意味を積極的に読み解く史料批判の方法の確立である。しかし実は、それだけでは系図研究は十分ではない。史実ではない虚偽の内容の中には作為だけではなく、錯誤も含まれている。錯誤は意図して作られたものではなく、史実が誤り伝えられたものである。そのため錯誤を読み解くことは、新しい史実の発見につながる可能性がある。そこで、私は錯誤を隠喩として読み解くことを目指す。
 系譜記述にある隠喩性を解明することで、虚偽と分類されたものの中から、もういちど真実を取り出すことができる。まず虚偽を作為と錯誤に区別して、錯誤に注目する。錯誤は無意識のうちに出て来た真実の吐露といえる。新しい形式を学ぶとき、人は誰でも誤る。旧来の形式をそのまま当てはめるからである。そのため本人がどのような間違いをしたかで、彼が元々もっていた旧来の形式を知ることができる。旧来の形式はまさに本人にとっては思考の枠組みになっていたものであり、無意識のうちに対象に当てはめる。その枠組みを明らかにすることも歴史学の研究対象であり、さらにその思考の枠組みを取りはずしたのちに残る沈殿物も研究対象である。絵画に当時の意識と無意識が反映しているように、文字資料にも当時の意識と無意識が反映している。私の試みは、文字資料の中の無意識を明らかにする試みである。
 これまで系図は資料としてはまったく信用されなかった。たしかに系図には誤りが多い。その点で常識は正しい。しかし系図が提供する情報のすべてが、資料価値がないわけではない。それにもかかわらず系図を無視しては、系図の中に隠喩として含まれている史実も無視することになる。系図の誤りを作為と錯誤に区別し、作為からは当時の人々の意図や意識を、また錯誤からは無意識や史実を見つけ出すことができる。系図に女性が記されているかどうかだけでも、当時の人々の心性を見出せる。しかも系図は図形化されているから、空間のとり方や系線の引き方にも当時の人々の意識/無意識が現われる。それを規定することで、記憶の中でぽっかりと空いた穴の中に埋没していた史実をすくい出すことができよう。

【注】
(12)承平二年正月安吉郷上田庄田券(東寺百合文書):『蒲生郡志』三一九号(巻二、八−一五頁)に掲載。
(13)佐伯有清『新撰姓氏録の研究』本文編・研究編、吉川弘文館、一九六二−三年。
(14)『日本古代系譜様式論』吉川弘文館、二〇〇〇年。
(15)『日本中世史料学の課題◆系図・偽文書・文書』弘文堂、一九九九年。初出は「中世における婚姻関係の一考察」地方史研究一〇七号、一九七〇年。
(16)黒田日出男「若狭国鎮守神人絵系図の世界」(『朝日百科日本の歴史』別冊歴史の読み方八、名前と系図・花押と印章、朝日新聞社、一九八九年三月)。
(17)網野善彦「系譜・伝承資料学の課題」古文書研究五〇号、五−一五頁、一九九九年。

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