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zoom RSS 資料としての家紋

<<   作成日時 : 2006/02/26 03:51   >>

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 上杉本洛中洛外図は、誰が上杉謙信に贈ったものかが問題になっている。今谷明氏は屏風に描かれている景観を綿密に考察し、とくに変転の激しい武家邸宅に注目して年代比定を試みた(23)。そして公方様(将軍邸)・細川殿(管領細川邸)・典厩(細川典厩邸)・武衛(旧斯波邸、将軍家別邸)・伊勢守(政所執事伊勢邸)・畠山図子上臈(旧畠山邸)・和泉守護殿(和泉守護細川邸)・薬師寺備後(摂津守護代薬師寺邸)・三好筑前(三好長慶邸)・高畠甚九郎(山城郡代高畠邸)・松永弾正(松永久秀邸)の存在や規模・位置・名称に注目して、天文十六年(一五四七)の京都を描いたものと結論づけた。しかし、公方邸に四つ目結紋の陣幕が張られていることには注目しなかった。四つ目結紋は近江守護佐々木六角氏の正紋であり、公方邸に四つ目結紋の陣幕があることは、六角氏が将軍の保護者であったことを象徴している。描かれたものには、何かしら作者の意図がある。公方邸に四つ目結の陣幕が張られている意味はきわめて大きい。
 戦国時代の室町将軍のうち十一代義澄・十二代義晴・十三代義輝(義藤)の歴代は、六角氏に保護されて近江に滞在していたために、近江武家(大樹)と呼ばれた。天文十六年(一五四七)当時の大御所・将軍はまさにその足利義晴・義輝父子であった。足利義晴・義輝が帰洛したことで、保護者六角氏も京都政界で活躍した。上杉謙信(当時は長尾景虎)は、永禄二年(一五五九)上洛して将軍義輝に謁見したときに、近江守護六角氏の被官河田長親(豊前守)を引き抜いて自らの執政にしている。河田氏は、管領細川氏や六角氏の使者を勤める六角氏有力被官であった(24)。
 そののちも六角氏と上杉氏の間には交流があった。天正元年(一五七三)足利義昭が信長によって京都を追放され、さらに六角氏と共同戦線を築いていた浅井・朝倉氏が相次いで滅亡した。しかし六角氏は、上杉謙信と武田勝頼の同盟を画策して上杉氏を信長包囲網に取り込むことに成功している。このときの交渉に関する六角義堯書状が、上杉文書・河田文書に伝えられている。
 上杉本洛中洛外図は、公方邸に張られた陣幕に六角氏の四目結紋が描かれていることから、六角氏から贈られたものと考えられる。このように家紋は歴史資料になる。
 ところで近江守護佐々木氏の系譜伝承では、四目結紋(寄懸目結紋)は菊紋・桐紋とともに後鳥羽院より給付されたものと伝えられている。後鳥羽院は新古今和歌集の勅撰に象徴されるように院政の権威復活を目指して、承久三年(一二二一)北条義時追討の宣旨を発給して承久の乱を起こし、隠岐に配流された人物である。このとき佐々木広綱(山城守)・経高(中務入道経蓮)ら幕府元老ともいうべき多くの佐々木氏が京都方であった。
 もともと佐々木定綱(左衛門尉・検非違使)は後鳥羽天皇の元服奉行も勤めた蔵人であり、長男広綱は後鳥羽院の北面に補任され、娘大進は後鳥羽院の愛娘春華門院昇子内親王(順徳院准母)の女房となっていた。この定綱が蔵人在職中に後鳥羽天皇から賜った御服(袍)に、菊・桐の文様があったと考えられる。菊・桐紋を後鳥羽院より賜ったという系譜伝承は、定綱が蔵人に補任されていたことを隠喩している。しかし四目結紋は後鳥羽院由縁のものではない。
 定綱は後鳥羽天皇の六位蔵人であるとともに、摂関家九条家と交流があった。九条兼実は源頼朝と結ぶことで摂政・関白の地位を獲得して朝幕間で権力を掌握し、その子孫が九条・二条・一条ら九条流摂関家となっている。また源氏将軍が三代で断絶したときに鎌倉に迎えられた摂家将軍藤原頼経・頼嗣父子も、九条家出身である。その九条兼実の日記『玉葉』には、佐々木定綱(六位蔵人)が九条家に付属した殿上人(家礼)として登場している(25)。
 定綱の四男信綱も、九条兼実の孫道家が左近衛大将(長官)に補任されたとき左近衛将監(三等官)に推挙されて直任し、また道家の娘/後堀河天皇中宮竴子の御産のときには絹三万五千疋を御産祈料として献じて、近江守を受領した(26)。これで信綱は近江守護職と近江守を兼任して、実質的な近江太守となった。さらに信綱の三男泰綱も、道家の子息鎌倉将軍頼経の側近になっている(27)。実は道家が子息一条実経に譲った所領の中には、佐々木女房から伝来した摂津国富島荘・美濃国古橋荘・越前国河和田新荘・同国東郷荘など佐々木領が含まれていた(28)。この佐々木女房が誰なのか今のところ特定できないが、九条家と佐々木氏の間で閨閥が築かれていたことは確認できる。
 この九条家の有紋冠の文様が、四目結紋であった。五摂家の冠の紋様は、近衛流は四つ俵菱紋で近衛家が俵菱の中に一引両、鷹司家が俵菱の中に割り二引両があるものを使用し、九条流は四目結紋で九条家が四目結紋(七割り四目結紋)、二条家が四目結紋、一条家が四菱紋であった(29)。九条流は四目結紋を基本形として、九条家では真ん中の穴が大きく、二条家では小さく、一条家では穴が無いというように変形された。九条家の家礼であった定綱や信綱は、四目結紋の冠を着けて朝廷に出仕したのである。四目結紋は後鳥羽院由縁ではなく、九条家由縁の紋であった。四目結紋を後鳥羽院より賜ったという系譜伝承は、後鳥羽院のとき九条流家礼の殿上人であったことを隠喩していた。このことから、四目結紋は平四目結紋ではなく隅立て四目結紋(寄懸目結紋)が正しいことも分かる。上杉本洛中洛外図でも、やはり隅立て四目結紋が描かれている。
 近江守護佐々木氏の本文四目結紋は冠、副紋菊・桐紋は袍というように、定綱が殿上人として朝廷に出仕したときの衣冠の文様から生まれたものだった。このように、使い方によって家紋の図柄や伝承も歴史資料になる。

【注】
(23)今谷明『京都・一五四七年−−描かれた中世都市』平凡社、一九八八年。
(24)『経尋記』大永元年九月四日条。『大日本史料』大永元年九月四日条(第九編之十三、二三一−四頁)に掲載。
(25)『玉葉』文治三年正月三日条、および建久四年四月十六日条ほか。
(26)『関東評定衆伝』群書類従四輯。
(27)『玉蘂』嘉禎三年二月七日条。
(28)九条道家惣処分状(九条家文書)。
(29)鈴木敬三『有職故実図典』吉川弘文館、一九九五年、一六−七頁。

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コメント(5件)

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先生のご指摘を受け、この公方邸の四つ目結い紋では嫡流の七つ割り正四つ目結紋ではなく、庶流右衛門督義弼の角立四つ目結紋ではないのでしょうか?
また、武衛宅とは当時衛門督か衛門佐を名乗るには六角氏一門ではありませんか?
正月の椀飯は六角氏にて衛門督か佐を名乗る方が公方邸に伺うところではありませんか?
先生の著作を見る限り、右衛門督義弼と思われます。
岩永正人
2008/02/17 15:06
佐々木六角氏の紋は拙著で書きましたように、九条家の有紋冠で使用されている隅立て四つ目結紋です。平四つ目結紋は、京極・大原など有力庶子家の紋です。しかも公方邸の紋は穴が大きく開いている七つ割四つ目結紋に見えます。ちがいますか?

また武衛は衛門の唐名ではなく、兵衛の唐名です。衛門の唐名は金吾です。武衛邸は旧斯波邸と思われます。それが、斯波氏没落後、将軍別邸になるのですが、そこに当時居住していたのが、公方邸を守護している江州宰相(御内書)父子だろうと推測しています。

ところで、六角義治(義弼)が衛門督を名乗るのは永禄年間後半ですから、上杉本洛中洛外図屏風で描かれている京都とは年代が合いません。公方邸に向っている人物は、細川邸から来ているように思えますので、細川晴元と思われます。

拙論では、六角義治は上杉本洛中洛外図屏風には登場しないはずです。
佐々木哲
2008/02/17 15:25
ご指摘ありがとうございます。
さて、塗輿の方は細川晴元とのことですが、「管領の房はひたい髪なし」との瀬田氏の説があります。有職故実書「貞丈雑記」からとのことですが、これをどう見ればいいのでしょうか?
この説をどう展開していけばいいのでしょうか?
岩永正人
2008/02/21 22:14
「管領の房はひたい髪なし」の前後の文章が分かりませんので解釈できません。詳しくお知らせ下さい。しかし、どちらにしても『貞丈雑記』は、江戸中期の伊勢貞丈の有職故実書ですので、それを根拠に洛中洛外図を論じるのは難しいと思われます。当時の資料との突合せが必要でしょう。

また絵画の分析では、全体の構図から見ることが重要です。公方邸に向っている人物が細川邸から公方邸に向っているように描かれていれば、細川晴元に比定するのが自然だと思われます。
佐々木哲
2008/02/22 02:33
原本ではありませんが、瀬田さんの説では、「房と云うは長刀を持つ者なり」、「ひたいにばかり髪あり」、「管領の房はひたい髪なし、其の他は有り」
、「管領の房ばかりはひたいの髪をそるなり」とのことです。
また、HPを探していたら、加藤悠希先生の「貞丈雑記ならびに室町殿屋形私考」があり、これを入手しようと依頼した。
岩永正人
2008/02/23 17:17

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