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zoom RSS 江州殿と織田信長の入洛

<<   作成日時 : 2006/02/22 00:15   >>

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 足利義秋が北陸を移座している間、永禄十年(一五六七)四月十八日に六角氏式目(義治式目)が制定された。三上越後守(恒安)・後藤喜三郎(高治)・三井新五郎(治秀)・真光寺周揚・蒲生下野守入道(定秀)・青地入道(道徹)・青地駿河守(茂綱)・永田備中守入道(賢弘)・平井加賀守(定武)・馬淵山城守入道(宗綱)・三雲対馬守(定持)・永田刑部少輔(景弘)・進藤山城守(賢盛)・池田孫二郎(景雄)・三雲新左衛門尉(成持)ら六角氏近臣団は、この分国法によって承禎・義治父子の行動を規制し、体制の立て直しを図った。
 しかも動いたのは、上杉輝虎ではなく織田信長だった。同年八月十五日信長は、美濃斎藤竜興の居城稲葉山城を攻略して美濃を平定し、京都への通路を確保した。このとき六角氏は信長方に協力したという伝承がある(26)。もともと甲賀武士佐治・池田・前田・和田らは尾張にも勢力を伸ばしており、六角氏と織田氏の連携は容易であった。こうして信長入洛のための御膳立はできた。
 永禄十一年(一五六八)三月、足利義秋は朝倉邸で公家式の元服式を挙行し、義昭と名乗った。加冠役は前関白二条晴良が勤めている。公家式の元服式にこだわったのは、四位に叙位されるためだった(『言継卿記』永禄十一年三月二十四日条)。これで、征夷大将軍補任こそ阿波公方義栄(義親)に先を越されたものの、位階は従五位下左馬頭の義栄を上回る。このとき、六角氏被官である山内六郎左衛門尉と九里十郎左衛門尉が門を警固しており(内閣文庫蔵『朝倉義景亭御成記』)、義昭に六角氏関係者が同行していたと考えられる。
 永禄十一年(一五六八)七月織田信長は美濃立政寺に義昭を迎え、さらに同年九月には六角承禎・義治父子を近江国から追い、足利義昭を奉じて上洛を果たした。
 しかしこのときの承禎・義治父子の抵抗は激しく、一般に言われるような信長の圧勝ではなかった。『言継卿記』の記述をもとに追っていくと、まず九月十日信長(織田上総介)が近江中郡(近江国の中心である東近江)に出張した。それに対して三好三人衆のひとり石成友通(主税助)も、承禎・義治父子に助勢するため近江坂本まで出張した。十一日近江で合戦があったが双方ともに被害が多く、信長は美濃に帰国し、石成友通も帰京した。それを見計らって信長は翌十二日に再び近江に出張し、こんどは六角軍の前線との正面衝突を避けて迂回し、後方の承禎・義治父子の籠る箕作城を直接攻めた。
 六角氏内部では観音寺騒動以後、後藤・永田・進藤・永原・池田・平井・九里など反承禎・義治父子派があった。このうち九里氏は、義昭の朝倉邸御成にも同行していた九里十郎左衛門尉と関係があろう。彼らは、湖東第一の河川である愛智川をはさんで織田軍と対峙する前線和田山城の守備から外され、後方の本城観音寺城に籠城していた。ところが観音寺城と箕作城は峰続きであるため、彼らが動かなければ箕作城は孤立する。しかも石成友通は帰京してしまった。信長は前線和田山城を避けて迂回し、味方であることが明白な本城観音寺城を見過ごして、孤立した箕作城を集中的に攻めた。
 箕作城の承禎・義治父子は激しく抵抗したが、敗れて甲賀に逃走した。裏をかかれた承禎・義治派の諸城も、十四日までにはすべて降伏した。信長は圧倒的な軍事力で勝利したのではなく、情報と奇策で勝利したといえる。
 実はこの一連の出来事は『言継卿記』には記されているが、『信長公記』には記されていない。これまで六角氏側の視点で資料が読まれることがなかったため、信長が苦戦したことが見落とされ、信長の圧勝のように説明されてきた。このことは実証歴史学とはいっても、先入観をもって資料を読んでいることを象徴していよう。
 信長(上総介)は義昭を観音寺城内の桑実寺に迎えると、九月二十六日江州殿とともに義昭を奉じて京都に入洛を果たした(『お湯殿の上の日記』永禄十一年九月二十二日条)。この江州殿は義秀だろう。ただし義秀が傷病に苦しんでいたことを考えれば、実際に入洛したかどうかは疑問である。『言継卿記』に江州殿の記事がないことからも、彼自身の入洛はなかったと考えられる。この入洛で、朝倉邸で義昭の加冠役を勤めた前関白二条晴良も関白に復帰した。

【注】
(26)『江源武鑑』(永禄七年七月二十五日条から同年八月十三日条まで)ほか。

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