備後国人山内氏と六角義堯

 また毛利氏に属していた地元備後の有力国人山内隆通(新左衛門尉)・元通(刑部少輔)父子も、足利義昭一行や六角義堯に祝儀を贈っており、山内首藤家文書に義堯礼状(58)が収められている。それを見てみよう。

  就下国之儀、以同名兵庫助、太刀一腰金覆輪、馬一疋給之候、
  尤喜悦候、猶重而可申候、恐々謹言、
     十月三日   義堯(花押)
      山内刑部少輔殿

 これは、山内元通が一族の山内兵庫助通泰をもって祝儀を贈ったことに対する義堯の礼状である。この書状でも、足利義昭に関わる文言がない。義堯は足利義昭一行の一員ではなく、自らの直属軍を率いて足利義昭を擁護する後見という立場にあったことが確認できる。

【注】
(58)『大日本古文書』山内首藤家文書三一五号・六角義堯書状。

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