佐々木哲学校

アクセスカウンタ

zoom RSS 佐々木義高伝承と六角義堯

<<   作成日時 : 2006/02/14 22:02   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

 天正六年(一五七八)正月義堯は堺に上陸した。その後、反信長連合は攻勢を強めたが、同年十一月六日毛利水軍が摂津国木津川口で織田水軍に敗れたことで石山本願寺は孤立し、形勢は逆転していく。それ以後の義堯の動向は、義堯書状もなく古文書で正確に跡づけることができない。
 ところが但馬国浅間佐々木家系図(70)によれば、天正年間に浅間城(養父郡八鹿町浅間)に入っていた佐々木義高(近江守)が、天正八年(一五八〇)羽柴秀長の但馬侵攻の際、織田方に降伏したという。同系図では、義高を六角義秀の子息と伝えている。この系譜伝承を信じれば、義堯は天文二十一年(一五五二)に髪置きをした六角亀千代(71)と同一人物と考えられる。
 また浅間城から二キロメートルほど離れて共同作戦を取る位置にあった坂本城(養父郡八鹿町坂本)には、三好政長(甚五郎)の子孫が入り、義高とともに羽柴秀長に降伏したという系譜伝承がある(72)。前述のように義堯と三好甚五郎は行動をともにしており(滋賀県山中文書)、これらの系譜伝承が、ある程度事実を伝えている可能性がある。
 実は文明六年−同十年(一四七四−七八年)山名政豊が山城守護に在任したときの郡代・奉行人の一人として佐々木近江入道の名が見え(73)、浅間佐々木氏はその子孫である可能性が高い。浅間佐々木家系図は、山名氏の郡代・奉行人佐々木近江入道家が、中国地方を転戦していた六角義堯に自らの系譜をつなげたものとも考えられる。
 しかし義秀の子息に義堯(義高)を記すのは、管見の限り浅間佐々木家系図のみであり、同系図は比較的正確である。同系図によれば、義堯は天正八年(一五八〇)に降伏している。同年正月十七日に別所長治が自殺し、閏三月七日には本願寺顕如が信長と和睦していることを考えれば、義堯がこの流れのなかで信長方に降りたと考えることはできる。前述のように義堯の行動は本願寺と連動したものであり(奈良県本善寺文書)、本願寺と信長の和睦を契機に義堯が停戦したとも考えられるからである。
 『宗及他会記』(天王寺屋会記)天正八年(一五八〇)二月二十二日条では、御脇指十四腰のうち国行の所持者として「佐々木殿」が見える。国行は天王寺屋津田宗達(宗及の父)から三好三人衆の一人三好政康(下野守)に渡り、さらに佐々木殿が所持するようになったという。前述のように義堯は三好氏と共同作戦をとっており、三好政康の所持物が六角氏に渡ることは十分に考えられる。また同記で〈殿〉と敬称されているのは、佐久間信盛父子と明智光秀など限られた人物であり、羽柴秀吉には〈殿〉の敬称がない。佐々木殿は織田政権で格式の高い人物であった。
 実際に『信長公記』天正十年(一五八二)正月一日条で「江雲寺御殿を見物仕候へと上意にて、拝見申候なり」とあり、信長は馬廻衆や甲賀衆に、安土城内にあった六角定頼(法号江雲寺殿光宝承亀)の菩提所江雲寺御殿を拝観させた記事がある。江雲寺御殿は、定頼の菩提寺である江雲寺を安土城内に移築したものだが、そこを拝観させたことは信長が六角氏に配慮したものとも考えられる。信長政権での佐々木殿の地位の高さを物語っていよう。江雲寺御殿というように定頼の法名をそのまま建物名にしていることからも、信長が六角氏に配慮したことが伺える。もちろん、この佐々木殿を義堯と同一人物と考える必要もない。義堯と別行動をとって織田陣営にいた人物と考えることもできる。『江源武鑑』や沙沙貴神社本によれば、織田陣営に六角氏がいたことになる。それが義郷である。

【注】
(70)養父郡八鹿町浅間佐々木孝司氏所蔵。兵庫県教育委員会『兵庫県の中世城館・荘園遺跡』但馬地区抜粋、一九八五年。児玉幸多・坪井清足監修『日本城郭体系』十二巻大坂・兵庫、新人物往来社、一九八一年。
(71)『お湯殿の上の日記』天文二十一年十一月二十七日条。
(72)但馬養父郡八鹿町坂本中島喜右衛門氏所蔵中島家系図。兵庫県教育委員会『兵庫県の中世城館・荘園遺跡』但馬地区抜粋、一九八五年。児玉幸多・坪井清足監修『日本城郭体系』十二巻大坂・兵庫、新人物往来社、一九八一年。
(73)『山科家礼記』文明九年十月二十七日条所収の同年十月二十五日付(姓未詳)豊道奉書案の宛先に、守護使太田垣新四郎・塩谷周防守・佐々木近江入道・田公肥後守豊職・塩谷四郎次郎らの名が見える。以上詳細は、今谷明『守護領国支配機構の研究』(法政大学出版局、一九八六年)五二頁。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文

恋愛哲学

佐々木義高伝承と六角義堯 佐々木哲学校/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる