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篠原資明『言の葉の交通論』 【内容要約】 作品の背後には過去の無数の作品がある。それだけでも十分に痕跡の過剰について語ることができる。しかし、痕跡の過剰とはそれだけを意味するのではない。実は、過去の作品には別様でありえたかもしれないという可能性がある。そのような可能性があふれているということを、痕跡の過剰ということができる。そして引用とは、まさに別様でありえたかもしれないという可能性を、自分のコンテクストに引用しながら提示して見せることにほかならない。 ところで、詩人が過去の作品から引用を行うときはもちろん、読者に引用であることを認知してほしいときにも、当然現在から過去へのベクトルが存在している。その一方で、過去のものを現在のものに引用するときには、過去から現在へのベクトルも存在する。そのため引用では双交通が語られることになる。しかし双交通は両者に独自性があって初めて可能であり、引用する側に独自性がなければ、過去の作品の独自性に打ち負けて、無数の作品群の中に埋没してしまうことになる。 だからこそ、本歌取りを得意とした藤原定家は、本歌からの引用を五七五七七の全句のうち二句プラス数文字までとした。また定家は、本歌の属する時期をある程度以上昔のもでる必要があるとした。このように定家は、引用の基準を設定した。 引用に成功した例を挙げるならば、たとえば草野心平の「古池や蛙とびこむ水の音」(『第百階級』所収)がある。すでにタイトルに芭蕉の有名な句が掲げられており、さらに詩の中で「芭蕉」と名指ししているので、容易に引用と認めることができる。ここで読者は過去へのベクトルを持つことになる。さらに作者は「蛙とびこむ水の音」の一点から、芭蕉とは逆向きに波紋を宇宙大にまで拡げることで、芭蕉に対抗しうる独自の世界を築いた。 また南川周三の「蕪村考」(『幻月記』所収)も、タイトルと文中で「蕪村」と名指していることから容易に引用と認められる。しかし作者南川はあえて原作者蕪村と逆向きのベクトルをとらずに、むしろ芭蕉が過去志向であったように自らも過去志向にすることで目線を重ね合わせた。そのことで芭蕉の目線と作者の幻想的な目線の重奏の効果が生まれ、作者南川の独自性が生まれた。 さらに終わり近くで、天明三年に没した蕪村が天明の飢饉の町を通っていくと設定したことで、作者南川の引用によって、蕪村がその死を通り抜けて再び新しい姿で現在によみがえったことを、うまく示している。 【解答例】 (一)引用する側に独自性がなければ、過去の作品の独自性に負けて、価値のない駄作になるということ。 (二)「蛙とびこむ水の音」の一点から、芭蕉とは逆向きに波紋を宇宙大に拡げることで、芭蕉に対抗しうる独自の世界を開いたということ。 (三)蕪村と逆向きのベクトルを持たず、あえて芭蕉と目線を重ねることで重奏効果が生まれ、独自性を打ち出すのに成功したということ。 (四)蕪村と作者の時代を超えた協同作業によって、蕪村が永遠の価値をもち、その死を通り抜けて現在に蘇るということ。 【解答のコツ】 (一)次の段落を見るといい。評論文では、前の段落の最後の文と次の段落の最初の文は同じ内容であることが多く、この場合も次の段落文が「だからこそ、まさしく」で始まるのであるから、そこが傍線部アの内容を具体的に述べていることは明らかだ。 (二)傍線部イは、段落のまとめの文である。そのため、この段落の内容をまとめればいい。あとは傍線部イの「拮抗しうる」が、第二段落で述べていた独自性と同じ意味であることに気づくことだ。草野心平は、「蛙とびこむ水の音」の一点から波紋を宇宙大に拡げたことで、芭蕉に対抗して独自の世界を築いたのである。 (三)傍線部ウのある文は、「つまり」から始まる文であり、前の文章の言い換えであることは明らかだ。だから段落全体の内容ではなく、直前の文章に注目すればいい。南川周三は草野心平とは逆に、あえて原作者蕪村と同じ過去志向のベクトルをとり、目線を重ね合わせることで、かえって独自の世界を開いたのである。このことを、二行にまとめればいい。 (四)傍線部エは、前文を受けて、「…のように」で終わっている文であり、前文の内容を補って、「作者のところまで来るかのように」「蕪村がその死を通り抜けて、ひとり歩いていく」と読めばいい。あとは、過去の人物が現在に復活するということが、どういう意味をもつのか考えればいい。 |
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