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檜山哲彦『時の巨人』より出典。 【内容】 さして用があるわけでもないのに、なにやら腰の落ち着かない年の瀬になると、毎年きまって思い出す句がある。 年を以て巨人としたり歩み去る 作者は高浜虚子だ。心そぞろなわが身に比べ、大股で歩む巨人の姿が大きく感じられ、その悠然としたさまに心を傾けたくなるせいだろうか。 「年歩む・去ぬる年」は冬・歳末の季語だが、年末年始の虚子の句なら、 去年今年貫く棒の如きもの の方がむしろ人口に膾炙しているかもしれない。 じっさい「時」の姿をこれほど生々しく、しかも簡潔に捉えた言語表現には、めったに出会えるものではない。 そもそも「去年今年」という季語は、暦の上での断絶と時間の流れの連続を同時に言い表そうとしたものだ。見ようによっては、時間を計測し区別立てしようという、アじつに人間臭い言葉である。 そこに、日常ありふれた棒という事物が組合わされる。「貫く」という押しとどめがたい動感、「棒」のもつ直接的で飾りのないイメージ、しかも「ボー」という野太く突き抜けるような音感が重なりあったのち、とどめは「如きもの」という捻り技だ。 このうっちゃり技で、棒がイ棒という実体でありながら棒を超えたものとなり、「貫く」動きそのものと化して、ニュウッと姿を現してくる。これにもし名前を与えるとするなら、「時そのもの」を措いてほかにはない。 それは、「われ在って在るもの」と自ら定義するユダヤの神エホヴァにも似ている。だが、ときには怒り、ときには妬む者として表情の見えるエホヴァにひきかえ、この「時」なるものは茫洋としてつかみどころがなく、のっぺらぼうだ。「時」はただただ貫くエネルギーでありつづけ、強いて人間に力を及ぼさないがゆえに、かえって得体の知れない薄気味の悪いものにすら感じられる。人間の尺度をはるかに越えたものがもつ気味悪さである。 これに比べ、冒頭に掲げた句の「年」には、同じく「時」の姿が捉えられているが、それが巨人に喩えられているため、物語のなかにいるような手触りとぬくもりが感じられる。大きな背を向け、もしかしたら肩を落としているかもしれない大男の後姿に、なにかしら悲しみを宿るせいかもしれない。 とはいえ、この句を幾度も読み返していると、ウ不思議な逆転を感じることがある。「行く年」という季語によるのであれば、巨人はとうぜん過ぎ来し方へ歩み去り、こちらは振り返って見ているはずなのに、ややもすると、我が前を巨人が歩いてゆき、距りがしだいに大きくなるように思えてくるのだ。過ぎゆく年を見送るのではなく、むしろ時に置いてけぼりを食うような感覚である。 そうなると、「時」の背中には悲しみの影など微塵もなくなる。あれは単に人間の勝手な感慨であり、センチメンタルな思い込みだったのだ。あるいはこう考えてもいいのかもしれない。じじつ年の巨人は次なる年の巨人にバトンを渡したのであり、やはり目の前を歩いているのは時の巨人。人間といえば、それら背を向けて遠離りゆくふたつの「時」の狭間に取り残された卑小な存在に過ぎない… この句によって、時の流れはおおどかな巨人の姿を得た。ちんまりと手触りのいいこの時代、ときにはこんな句を呟いてみれば、心と身体の風通しがよくなろう。 【解答例】 (一)人間は言葉で区切ることで自然を認識するが、時間についても計測し「去年今年」と区切ってしまうところがいかにも人間的であるということ。 (二)「如く」ということで、棒のイメージと時間のイメージを重ね合わせ、時間の「貫く」という動きそのものをうまく表現しているということ。 (三)初め遠ざかる時の巨人の背中に悲しみを見ていたが、読み返すうちに、広がり続ける時間の大きさを見るようになったということ。 【解答のコツ】 (一)傍線部ア「じつに人間臭い言葉である」は段落の最後の文であり、当段落のまとめに当る文中にある。しかも直前に「時間を計測し区別立てようしようという」とあるのだから、評論文でよく主張されているように、本来連続的な自然を言葉や数によって区切り割り切ってしまうという人間の概念的思考のことを批判した文であることが分かる。 (二)傍線部イ「棒という実体でありながら棒を超えたものとなり」は段落最初の文中にあり、前段落の内容を受けながら、これから述べられる当段落の内容を指示しているはずである。しかも傍線部の直前で「このうっちゃりめいた技によって、棒が」といっているのだから、前段落を受けているのは明らかだ。前段落と当段落の内容を、自分の言葉でまとめればいい。 (三)傍線部ウ「不思議な逆転」は段落の最初の文中にあり、前段落の内容が、当段落でひっくり返されることを指示している。設問で「筆者の『感じる』順序に沿って説明せよ」とあるので、前段落の内容を述べたあと、当段落の内容を書けばいい。 |
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