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zoom RSS 2000年東大前期・国語第一問「環境問題」

<<   作成日時 : 2005/11/21 00:18   >>

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加茂直樹『社会哲学の現代的展開』の中の「環境保護は何を意味するか」より出典。 
【内容要約】
環境問題を取り上げるとき、環境保護は当然のことと考えられている。しかし「環境の保護」という言葉を、みんなが同じ意味でつかっているわけではない。そしてその微妙な差異が、実践の上では重大な差異になりうる。
 そのうえ環境保護の対象として「環境」「自然」「生態系」が挙げられるが、これらの間にはニュアンスの違いがあり、場合によってはその違いが大きなものになる。
 まず自然は、近代自然科学的な見方によれば、それ自体としては価値や目的を含まず、因果的・機械的に把握される世界である。人間はもちろん自然の一部であるから、人為と自然の対立はない。すべての事象は等しく自然的である。 
 だから「自然を守れ」というスローガンに実質的意味が与えるには、人為を特別なものとして位置づけ、人為によってどれだけ改変されているかで自然の価値評価をする必要がある。もっとも極端な立場は、人為的改変をまったく受けない自然が最善である。しかし、人間は自然に人為を加えることなしには生存できない。人類が自らの生存を否定するのでもない限り、人間が守るべき自然は、手付かずの自然ではなく、人為が加えられて人間が生存しやすくなった自然である。
 このように自然は元来没価値的な概念であり、人間との関連付けによって初めて守るべき価値を付与される。では生態系という概念はどうだろうか。
 生態系とは、生物群とその生物群に影響を与える気象、土壌、地形など非生物的環境を包括したものである。そして食物連鎖が平衡状態であれば、生物群集の個体数は変わらず安定している。しかし人為が過度に加わると、そのなかの生物種を絶滅させたり、さらには生物が生存できない環境を作り出してしまう。また、生物種がすくないほど生態系の安定度が低くなるので、生物種の多様生を保つことが重要とされる。
 この生態系の概念には、機械論的自然とは異なり、価値が含まれてる。生態系は生物共同体であり、その安定が乱されると多くの生物種の生存が脅かされる。だから共同体の一員である人間は、この安定を維持する義務があるというのである。では、このように共同体の概念から倫理規範を導き出すことは妥当であろうか。
 この議論に際して、まず重要なことは、生物共同体と人間共同体の道徳とは異なっているということである。生物共同体を構成する他の生物たちには権利や義務の意識はない。だから、ある種が生態系を乱したとしても、その種に責任を問うことはできない。それに対して人間は、他の種よりも生態系を乱す可能性が高いという点で特異だが、そのことを反省するという点でも特異な存在である。
 第二に、生態系の安定で守られるのは種であって、個体ではないということだ。生態系を種のレベルで見れば種の共存といえるが、個体のレベルで見れば弱肉強食の食物連鎖である。個人の生命を尊重するという人間社会の倫理を、動物の個体にも適用するならば、かえってその種全体の破滅を招ねかねない。
 生態系の概念は、機械論的な自然の概念よりも豊かな内容を持っているといえる。しかし、生態系を守ることが人間の義務だということはできない。その理由の一つは、生態系の安定した状態は一つではなく、多くありうるということだ。ある状態が乱されても、やがて生態系は別の状態で安定するだろう。この場合、前の状態の方が望ましいという根拠はない。また、比較的少数の生物種から構成される生態系もあり、それが多数の生物種からなる生態系より劣るともいえない。だから、生態系にとっては、ある特定の安定状態に価値があるとはいえない。しかし人間にとっては、自らが快適に生存できる状態こそが貴重であるといえるだけだ。
 環境という概念は、自然や生態系とは異なり、ある主体を前提とする。いうまでもなく、環境は人間にとっての環境である。保護されるべき環境は、人間が健康に生存できる環境である。だから環境保護とは、まちがいなく人間のためのものである。
 以上の考察が正しいのであれば、「地球を救え」「自然にやさしく」といったスローガンが不適切であることが分かる。このように表現することで、人類が自らのためではなく、地球や自然のために利他的に努力するという意味合いが含まれるからである。人類が滅んでも、地球や自然は何かしらの形で存続しうる。実は、われわれが守っているのは、人類の生存を可能にしている地球環境条件である。だから、われわれの努力を動機付けているのは人類の利己主義であり、まずそのことの自覚が必要である。

【解答例】
(一)自然にとってはどの状態も自然であることに変わりはなく、どの状態が最善の状態であるか問うことはできないということ。
(二)われわれが守ろうとしている自然は、実は人間にとって都合のいい自然であり、けっして自明のものではないということ。
(三)個体の生命を守ることで、食物連鎖で成り立つ生態系の安定が崩れ、その安定よって守られている種も滅ぶことになるから。
(四)生態系の概念には機械論的な自然と異なり、多様な生物種による生物共同体の安定という意味が付与されている。
(五)環境保護運動で保護すべきと言われているものは、実は人間が健康に生存するための環境であり、意識的であれ無意識的であれ、保護運動は人間の利己心から出発している。このことを理解することで、環境保護での意見の相違を乗り越えることができよう。
(六) (a)微妙 (b)局地 (c)脅(かされる) (d)維持 (e)犠牲

【解答のコツ】
(一)傍線部アは段落の最後の文であり、段落の内容をまとめればいい。
(二)傍線部イの直前に「以上見てきたように」とあるため、前段落の内容を受けていることは明らかだ。しかも段落最初の文は、前段落の最後の文と対応していることが多く、この場合もそうである。だから、前段落の最後の文をうまく使うといい。
(三)傍線部ウは段落の最後のまとめの文であるのだから、この段落の内容をまとめればいい。
(四)傍線部エの次の文が、逆接の接続詞「しかし」で始まることに注目するならば、「しかし」以降の文で否定されていることが、傍線部エの内容である。そこで否定されているのが「生態系の安定」と「生物種の多様性」である。この二つをキーワードにしてまとめるといい。
(五) 傍線部オは文章全体の最後の文であり、設問でも「この文章の論旨を踏まえ」とあるので、環境問題のところをまとめただけでは不十分だ。ただし難しく考える必要はない。傍線部オのある段落が、「以上の考察が正しいとすれば…」とあるように文章全体のまとめになっている。だから、この段落の内容をまとめればいい。このとき注意すべきことが、筆者の意図である。筆者はけっして環境保護運動を完全否定しているわけではない。「地球のため」「自然のため」と美名のもとで環境保護運動をすることを否定しているのである。意識的であれ無意識的であれ人類生存という利己的な目的のために運動をしている、ということを自覚するよう求めているのだ。このことで過激な運動を諌めるとともに、環境保護に消極的な人たちの参加を呼びかけることができ、意見の一致も可能になる。筆者の主張が意見の相違を乗り越えることにあることは、第一段落で分かることだ。文章全体を見る必要があるのは、そのためだ。

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コメント(12件)

内 容 ニックネーム/日時
(4)についてですが、
豊かな内容=生物共同体(生態系)の安定という「目的」を含む、ということではないでしょうか?

根拠として、本文の「まず自然は、・・・それ自体としては価値や目的を含まず」とあります。「価値」については『自然』も『生態系』も同じである。しかし、『生態系』は「目的」をもつ。そこが違う点(=豊かな内容)と読解しました。
したがって、解答は 「生態系は安定という目的をもつ」 が必須内容と考えました。

これは正しいでしょうか?

東大志望者A
2011/06/29 11:00
本文の「まず自然は、近代自然科学的な見方によれば、それ自体としては価値や目的を含まず、因果的・機械的に把握される世界である」に注目して、自然と生態系の違いとして、生態系には「目的」があるのではないかと考えたのですね。

自然と生態系を対比したのは正しいです。しかし、本文では生態系に「目的」があるとは記していません。むしろ傍線部エの直前に注目すると、「生態系そのものに価値があるということを必ずしも含意しない」と述べていますね。それを受けて傍線部エがあります。さらに段落の最後に「生態系そのものにとっては、ある特定の状態に特に価値があるという判断は成立しない。しかし、人間にとってはそうではない。どのような安定でもよいというのではなく、自らが快適に生存できる安定の状態こそが貴重である」と述べています。生態系自らは価値を持たないというのが筆者の主張です。さらに「生態系そのものにとっては、ある特定の状態に特に価値があるという判断は成立しない」というのは、生態系が意図を持って特定の状態を目指したのではないということを意味していますので、「目的」も持っていないと解釈できます。

本文の「環境」の段落で「環境という概念は、自然や生態系とは異なり、ある主体を前提とする」と述べられているように、価値や目的が生じるのは「環境」です。「特定の状態」を求めているのは人間という主体であり、「人間が健康に生存することができる環境」に人間は価値を見出し、それを目指すのです。

そのため「生態系は安定という目的をもつ」と記すと、生態そのものが何かしらの意図をもつ主体と解釈したとして減点されます。

人間以外のものに安易に「目的」という言葉は使用しないほうがいいでしょう。宇宙や自然や生物進化がある特定の目的を持っているという考え方を排除してきたのが、近現代思想なのです。
佐々木哲
2011/06/29 14:38
こんにちは。以前受験生だった頃、このサイトを見たことのあるものです。今は東京大学の大学生として通っていますが、東大現代文にはいまだにこだわるところがありますので、コメントさせていただきます。
私も「予備校の回答は間違いだらけ」という意見には完全に同意します。個別の解答でも、佐々木さんの解答にほぼ完全に同意する年度の問題も数多くありますし、この年度の問題に関してもほぼ私の回答と同じなのですが、ちょっとだけ私の考えと違うかな、と思ったので、コメントしてみました。(佐々木さんに対する悪意のある批判コメントではありませんのでご了承ください。)
もしかしたら私のほうが間違っている可能性もありますので、その場合はどうぞご意見をお聞かせください。

まず全体を通して。この文章の大まかな構造は、第1・2段落で主題の提示が行われて、第3段落から12段落までその主題について検討がなされていく、という構造だと思います。
つまり、第1段落で、「環境問題を唱える際に「自然」「生態系」「環境」の3つの概念が言われるが、よくよく考えるとこれら3つの言葉の意味はどれも違う。3つの概念の意味を明らかにして、実際の環境保護運動としてありうるあり方を探そう」という主題を提示し、第3〜第5段落で「自然」という概念の検討を、第6から第10段落で「生態系」という概念の検討を、第11〜第12段落で「環境」という概念の検討を行う、という形式です。このブログにはこの解説はなされていませんが、佐々木さんの解答を見る限り、おそらくは当然、この構造は読めているかと思います。

国語が好きな東大生
2011/09/27 22:54
そして、設問は、(1)と(2)で自然を、(3)と(4)で生態系を、(5)で環境を聞いている、という構造になっているかと思います。これも、佐々木さんの解答を見る限り、私と同意見だと思います。

さて、私との意見の違いなのですが、(5)の解答に関してです。(1)〜(4)の回答に関しては表現の差こそあれ、基本的には私も同じような解答になると考えますので、異論はないのですが、(5)だけは大切なところが違いました。

(5)の設問条件に、「本文の論旨に即して」とありますが、佐々木さんの解答の「意識的であれ、無意識的であれ」という部分は、なくてもいい部分だと思いませんか?むしろ書くべきなのは、『自然や生態系とは異なり』という部分だと思います。この文章は、「3つの概念の中でどれが環境保護のスローガン(?)として妥当であるか」、というものでしょうから、「環境という概念は自然や生態系とは異なり、人間を主体とした概念なのだ」ということを、入れるべきなのではないかと思います。「本文の論旨に即して」というのは、そういうことではないでしょうか。

国語が好きな東大生
2011/09/27 22:54
ですから、例えば、次のような解答例はどうでしょう。

環境問題を考える場合、保護すべきなのは、自然や生態系とは異なり、人間を主体とした環境であり、環境保護とは第一義的に人間の利己主義に基づくものである。このことの自覚がないと、実際の環境保護運動において、実践上の重大な差異を生みかねないから。(118字)
(私はあまり本文の言葉を置き換えることが好きではないので、ほぼ本文の言葉を踏襲しましたが、いろいろ言い換えは出来ると思います。最後の「実践上の重大な差異を生む」は佐々木さんのように「環境保護での意見の相違を乗り越えることができよう」のようにわかりやすくし他方がいいかもとも思いましたが、言い換えることよりも、この文章の構造や主張が読めているということを解答で示せたほうが意味があると考え、あえてそのままにしました。気に入らなければ、「このことの自覚がないと、実際の環境保護運動がうまくいかない・逆効果になりかねない」などとしても変えてもいいかと思います。)

国語が好きな東大生
2011/09/27 22:55
どうでしょうか。「3つの中でどれが妥当か」ということに触れなさい、というのが「本文の論理に即して」という表現の意図だと思います。これが書けるか書けていないかでこの文章全体が読めているかいないのかを採点したのではないでしょうか。(もちろん「自然」や「生態系」や「環境」なるものがばらばらに私たちの周りに存在しているわけではありません。問題はどう捉えるか、ということだと思います。)

全体的には佐々木さんの解答は正解だと思いますし、出版者の解答に比べ物にならないくらいいいものだと思います。(この年の出版社の解答の中は、(5)の解答を「自然も生態系も環境も」というように、3者を完全な並列で扱っているものすらありました。3つのうちで環境だけが妥当だ、というこの文章の主張をまったく誤読しているような解答例が赤本屋青本で見受けられるのは憂慮すべきことだと思いますので、佐々木さんのような方がこのように解答をブログで公表してくださるのは、受験生にとってとても心強いことだと思いますし、去年の私もこのブログに励まされました。最近二年分の解説がブログで見れないのが残念ですが、ご専門の研究でお忙しいのでしょうか。楽しみにしていたので、是非再開を希望します。

長文失礼しました。
国語が好きな東大生
2011/09/27 22:55
国語が好きな東大生さん

励ましのコメントありがとうございます。私としては直しを入れたい解答例が沢山あるので、「いいもの」と言われると恥ずかしいです。

(五)の解答例で「意識的であれ無意識的であれ」と入れたのは、筆者が「自然」「生態系」「環境」と分けて論じていることの主題が、人間にとって望ましい環境を守るという利己主義から出発していることに気づけ!というメッセージだと思えたからです。そうであれば環境問題をめぐる議論の解決が図れると、筆者が考えていると受け取ったのです。

東大受験生であれば、筆者が「自然」「生態系」「環境」の三段階に分けたことに気づくのは当たり前だろうと、私は思っていました。それで、解説にもそのことには触れていないのです。あなたの解釈で良いと思います。

東大入試の記事が滞っているのは、専門が忙しいことのほかに、あまり入試のことに首を突っ込まない方が良いのかなとも思えたからです。しかし、今春には『週刊文春』で東大入試についてコメントを求められましたし、今週には『東大入試で遊ぶ教養』シリーズのことで編集者や出版社の方と打ち合わせもあります。そして、あなたからの励ましのコメントもありました。解答例だけでも再開しようかと思い始めています。
佐々木哲
2011/09/28 00:13
私も(5)については国語が大好きな東大生さんの解答が正しいと思います。なぜなら東大が(5)で問うているのは要約に他ならないからです(これには幾つか証拠があります)。またその要約のパーツとなるものが(1)〜(4)であることも考慮しないといけません(今回のように-αあるいは+αすることはありますが)。
そして最大のポイントは、大学入試においては、筆者の意図より出題者の意図の方が優先されるということ、すなわち、出題者はなぜここに傍線を引いたのかということを考えない限り、点数のくる答案は書けないということです。今回の場合、例えば下の疑問は生じて当然のはずです。
・(3)は生態系の概念の説明のはずです。「このことに関連して第一に注意すべきは...」「第二に...」とあるのに、何故「第二に...」についてのみ傍線を引いたのか(実際はそうではないのですが)。
こういうことを考えながら、解答を構築した方がいいと思います。
いかとぜ
2014/10/13 23:13
わたしもまた悲しい。

問題作成者は原作者の意図を曲解させようとして問題を作成しているわけではありません。問題作成者と原作者の意図が乖離することはありますが、いや乖離するのが普通ですが、それでも問題作成者は原作者の意図を受験生に理解してもらおうと努力しています。その努力に即して問題を解きながら、作者の意図を読み取ろうと努力するのが、問題を解く者の義務だと思います。大学入試として読む場合も、教養として読む場合も同じです。

また文章はそれぞれが独立しているのではなく、相互に関連しながら、契機として全体を構成しています。第一と第二があれば、第一は第二と関連して独自性を主張するものであり、第二は第一と関連しながらその独自性を主張します。そして全体を構成します。そういう読み方ができないと、部分の読解もできないと思います。

原作者と問題作成者の意図を乖離したものと、大学受験指導では当然のように言われていますが、それこそ受験テクニックに走った悪い解き方だと思います。
佐々木哲
2014/10/14 00:14
しかしながら、私は自分が提示した解答例がもっとも優れているなんて考えていません。

むしろ受験生が自分の解答を作成するとき、たたき台にしてもらいたいと思っています。そう思っているからこそ、受験生が書けないようなできすぎた解答例は提示していません。
佐々木哲
2014/10/14 00:42
問3だけ疑問なのですが
段落の要約だけなら確かに佐々木先生の解答のようになりますが、文章全体を踏まえて↓
生態系は倫理規範をもたない生物共同体であり、倫理的存在である人間の道徳共同体とは、根本的に異なるから。
このような解答ではどうですか?
受験生
2016/09/03 19:20
いいと思います。シンプルでとても分かりやすい解答例です。これからもがんばってください。応援します。
佐々木哲
2016/09/03 23:41

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