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zoom RSS 2001年東大前期・国語第一問「母国語」

<<   作成日時 : 2005/11/16 00:21   >>

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リービ英雄「ぼくの日本語遍歴」(『新潮』2000年5月号)より出典。
【内容要約】
ぼくが「星条旗の聞こえない部屋」を発表してから、なぜ母国語の英語ではなく日本語で書いたのか聞かれた。その質問の中には、英語で書いた方が楽だろうし、近代でもポスト近代でも英語が支配的な言語であるのにという意味合いが含まれていた。
 ぼくが日本語で書きたくなったのは、日本語が美しいからだ。しかし、もっと大きな理由は、外国人にとっては壁であり潜戸でもある日本語について、小説を書きたくなったからだ。西洋から日本へ「越境」した内容を英語で書いたら、それは日本語の小説の英訳にすぎなくなる。それだったら最初から日本語で原作として書いた方がいい。
 ぼくにとっての日本語の美しさは、多くの日本人が口にしていた「美しい日本語」とは異なるものだった。ぼくはあくまで外国人にすぎなかった。ぼくが初めて日本に渡った昭和四十年代には、外国人はいくら努力しても、「内部」の人間からは外国人にしか見られず、永久に「読み手」であることが運命づけられていた。
 日本語の作家としてデビューして間もない頃に、在日韓国人作家の李良枝から電話があった。「韓国人」の日本文学の先輩が、「アメリカ人」の日本文学の新人を激励するという電話だったが、話が弾むうちに、李の『由煕』の主題でもあった、日本語の感性を運命のようにもったために、「母国語」にならなかった韓国語について尋ねてみた。
 すると動詞の感覚が違うという話になった。韓国では、「漢語+する」という言い方をして、日本の大和言葉に相当する動詞を使わないという。李良枝は、「母国語」であるはずの韓国語の感覚に違和感を感じたのである。
 その会話から一ヶ月経って、李良枝は急死した。在日韓国人として生まれたために、母国語であるはずの韓国語に違和感を感じるほど、日本語の感性で育った李良枝の言葉を思い出すたびに、「母国語」と「外国語」とは何か、ひとつの言葉の「美しさ」とは何か、そのわずか一部を勝ち取るために自分は何を裏切ったのか、今でもよく考えさせられる。そして日本と西洋だけでは、日本語で世界を感知して日本語で世界を書いたことにはならない、という事実にも気づき始めた。
 日本から中国大陸に渡り、はじめて天安門広場を歩いたとき、あまりにも巨大な「公」の場所で、逆に私小説を書きたくなった。アメリカとは異なった形で、自らの言語を「普遍性」を持った言葉と信じている多民族的大陸の都市を歩くほど、民族の特殊性を強く主張する島国の言葉日本語で、そこでの実感を書きたくなった。そして、アメリカ大陸と中国大陸の二つの言葉を媒介にした感情が記憶の中で響く一人の主人公の物語を、わたしは構想した。
 古代のロマンではなく、同時代の中国を書こうという試みは、すでに武田泰淳や安部公房にもあった。その半世紀後に中国に渡ったわたしは、まずその半世紀の間になされていた漢字の簡略化の異質性を目の当たりにした。わたしはすでに日本語の感覚で受け止めていたのである。また、いま構想している私小説の中で、わたしの母国語であるはずの英語は、ストーリーの一部として使われているだけであった。わたしにとって日本語がメイン・ストーリーになっていた。
 東京に戻り、新宿の部屋で中国語と英語の二つの大陸の言葉で聞いた声を思い出しているうちに、外から眺めていた「Japanese-literature」すら記憶に変り、日本語で世界を認識し表現するようになっていた。

【解答例】
(一)西洋出身者が日本に来た体験を書くのであれば、壁であると同時に扉でもあった日本語で書く必要があると思ったから。
(二)日本に生まれ育った日本人だけが理解できると認識されていた、日本人のアイデンティティとしての日本語。
(三)日本語を外国語として読み、日本を内部から見るのではなく、あくまで外部から客観的に見るということ。
(四)在日韓国人として生まれたため、母国語韓国語に違和感を感じるほど、日本語の感性を持った者の声ということ。
(五)筆者は天安門広場に私を圧する公を見るように、世界共通語である英語・中国語よりも特殊な日本語を美しいと思っている。そんな筆者にとって日本語は、現代中国語の簡略体に違和感を感じ、母国語英語さえも過去のものになるほど、母国語化しているということ。
(六) (a)激励 (b)排除 (c)普遍 (d)媒体 (e)崩壊

【解答のコツ】
(一)傍線部アは、筆者が作品「星条旗の聞こえない部屋」を日本語で書いた理由を述べている文の中にある。しかも二つの理由のうち、「しかし」の後に書かれた内容の中に傍線部アがある。だから「しかし」の後をまとめるといい。評論文では、逆接の接続詞の後に筆者の主張がくるという原則にもとづいている設問である。
(二)傍線部イは段落の最初の文であり、この段落の内容をまとめればいい。この段落は、小説を日本語で書いた理由を述べている前段落の内容をひとまず脇に置いて、外国人が日本語をいくらうまく使えても外部の人間と見られてしまうことを述べているからだ。
(三)傍線部ウの直後の文は、接続詞なしでつながっているため、言い換えの関係になっている。しかも直後の文は段落最後の文でもあり、段落の内容をまとめた文でもある。だから、傍線部ウの直後の文を、自分の言葉でまとめればいい。
(四)傍線部エの直前に「彼女は若々しい声として残っている」とあるのだから、傍線部エの内容は李良枝のことだと分かる。あとは李良枝の経験の意味をまとめればいい。
(五)最後の文だから、文全体の内容をまとめればいいが、本文は大きく三部構成になっているのだから、とくに天安門広場の筆者の体験以後をまとめるといい。傍線部オを素直に読んで、「日本語ですべてを認識し表現するようになった」と書けば、標準点はもらえるだろう。ただし、この文にはもう一つ大きなテーマがある。それが世界標準語英語・中国語とその対極にある特殊言語日本語の対立である。筆者はその対立を、天安門という個性をつぶした「公」と私小説という「私」の対立で表している。私小説家である筆者が、日本語を美しいといった深い理由は、実は日本語の特殊性にある。そのことも踏まえて書くと標準点を越えた模範解答を書くことができる。

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