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zoom RSS 2004年東大前期・国語第一問「個の没落」

<<   作成日時 : 2005/10/26 01:48   >>

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伊藤徹の『柳宗悦 手としての人間』より出典。
【内容要約】
判断の基盤としての個人の没落は、環境問題を例に挙げると分かりやすい。未来の世代の権利を侵害していると考えて、現在の個人の欲望を制限することは、今日において当然のことと受け止められている。人間以外の生物はもちろん、山や川さえ尊重さしようと考えることは、もはや珍しいことではない。現在では、人間主義を排除して、個人はもちろん、人類も越えて、「地球という同一の生命維持システム」を行動規範の基盤とすることが試みられている。
 だが、私たちは日常生活の中で、すでに個が希薄化していることに気づいている。今日ほど個性的でありたいという欲望が高まっている時代はなく、それに応じた様々なものが生み出されている。しかし欲望の多様化は、奇妙なことに画一化と矛盾せず進行している。「あなただけの…」という広告コピーにもかかわらず、その商品は既製品である。個性とは、大量生産された既製品の中のひとつを選ぶことで表現されるものに過ぎず、私たちの外部で作られたものを、いつのまにか私たち内部から生じたかのように信じてしまっている。もちろん、そのような大きな欲望の流れを特定の個人がつくり出しているということもできない。彼もまた大衆の周りをまわっているにすぎないからだ。だれもが情報が行きかう交差点にすぎないのである。そのため「責任」の所在はおろか、その概念の意味さえも曖昧化している。携帯電話の普及でひとりの時間がなくなったことで、私たちはますます情報の網目の中に取り込まれていく。
 このような時代の流れの中で、解体されていく個を救済しようという試みもあるが、そこにリアリティはない。そもそも個が解体するのは、個そのものが集団の中で作られていく作りものにすぎないからであり、個の解体はまさに個の虚偽性が暴露されたということにすぎないからである。
 しかし、個が集団の中に解消されていくことが進行しているといっても、個に代わって集団が新たな実体として登場したというわけではない。環境問題でも繰り返される「社会的合意」の社会が、いかに捉えどころのないもかは、「合意」の確認がなかなかできないことでも分かる。そもそも合意達成の要求があるということが、いかに合意が困難なものかを示している。多様な価値観が存在しているのである。合意は決して普遍的価値に基づいてなされたものではなく、「合意した」という事実だけが、合意を合意として機能させているにすぎない。そのような意味で、「合意」とはまさにつくられたものといえる。
 環境問題では、倫理学説が、感情移入をもって、あるいは権利の均等性という想定に基づいて、世代間の距離を乗り越えて未来の世代と共同体をつくろうとする。しかし未来と関わろうとする行為が、すでに虚構的性格をもっている。人間と自然の共感も、まちがいなく人間の創作である。このように非人間中心主義であるはずのもからは、つくりもの特有の人間臭さが漂ってくる。情報の網目も、相互に依存し絶えず組みかえられていくものである。個が集団の中に解体したとしても、それは個にとって新たな安住の地を見つけたということではなく、ひとときの仮の宿を見つけたにすぎない。

【解答例】
(一)人間や人間以外の生物、さらに山や川を含めた地球全体をひとつの生態系として維持することを、人間の判断価値の基盤にするということ。
(二)個性は多様化しているように見えるが、現在個性といわれているのは大量生産された既製品の中のひとつを選ぶことだから。
(三)私たちが個性と呼んでいるものは、自分の内側から生じたものではなく、実は外部で作られたものすぎないから。
(四)社会的合意といっても実際に合意されているわけではなく、合意されたとみんなが信じるているだけであるということ。
(五)環境問題に対する倫理的取り組みは非人間中心主義的に見えるが、実は未来の世代や自然に対して自分たちと同等の価値を認めることで、相手も喜ぶに違いないと私たちが勝手に信じているだけで、絶対的価値を持つものではないということ。
(六) a=侵害 b=匿名 c=抗争 d=源泉 e=促進

【解答のコツ】
解き方はいつもの通り、全体の内容を把握した上で、それぞれの段落の意味と意図を正確に読み解き、自分の言葉で表現するということだ。文中の言葉をつなぎ合わせた答案は、どれも同じものに見えて、採点官には退屈なものでしかない。やはり自分の言葉に直してある答案の方が、理解が深いと判断され、実際に理解が深い。
(一)傍線部アは段落最後の文であるため、傍線部アのある第一段落の内容をまとめればいい。とくに直前の文章を使うと書きやすいだろう。次の段落は「だが」で始まるため、参照にしなくていい。
(二)傍線部イの「けれども」で始まる文にあるため、傍線部イ以降に説明があると考えるといい。あとは自分の言葉に直して書くだけだ。
(三)傍線部ウが「このように」で始まる段落にあるため、前段落の後半部分を要約するといい。次の段落は「しかしながら」で始まるので参考にしなくていい。
(四)傍線部エの直前に「からではなく」とあるので、直前の文章を参照する必要はない。次の文章が「そういう意味で言えば」で始まるので、次の文章を参照にして自分の言葉に直そう。
(五)傍線部オは最後の段落の真ん中にあり、文章全体のまとめというわけではない。「生態系」について書かれているのであるから、直前の文章を第一段落を参考にしながら、自分の言葉に直すといい。

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
はじめまして。『柳宗悦 手としての人間』を読みまして、その感想文を自分のブログに書いたのですが、その際こちらの記事を発見したので、ぼくの記事のほうからリンクを貼らせていただきました。こうして出会ってみると、入試問題というのも、読みものとしておもしろいものだな、もっと勉強しておけばよかったな、なんておもいました。ご報告とお礼まで。
03321268
2005/11/04 23:06
わざわざ報告くださり、ありがとうございます。東大入試に使われている文章はとても思想的に深いものをもっています。国語の勉強というよりも、哲学の教材です。今後とも訪ねてきてください。もしご希望でしたら、トラック・バックできるようにしますよ。
佐々木哲
2005/11/05 01:38
こんばんは。質問になってしまうんですが、(4)の解答の最後の部分(先生が「合意されたとみんなが信じているだけであるということ」と解答されている部分)を自分は[虚構的性格を帯びていること]としたのですが、やはりこの解答では抽象的すぎる、もしくは的を射た解答ではないでしょうか?暇ができた時で宜しいのでご解答お願いします。

2009/11/25 00:03
返事が遅れました。「暇ができた時」と言っていただいたので、ついつい甘えてしまいました。では、お答えします。

「虚構的性格を帯びていること」は間違いではないのですが、言い切りすぎていると思います。「みんな(間主観)」は「合意している」と信じているので、内部では虚構とは思われていないわけです。そこをうまく表現できた方が良いと思います。
佐々木哲
2009/12/07 02:55

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