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zoom RSS 『佐々木六角氏の系譜』序「系譜学の試み」3

<<   作成日時 : 2005/09/14 15:45   >>

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 もうひとつ系譜伝承を資料として用いた実践例を挙げておこう。沙々貴神社所蔵佐々木系図によれば、鎌倉期の近江守護六角流佐々木頼綱(佐々木備中守)の娘に参議左大弁俊雅の母という人物がいる。しかし頼綱と同時代の公卿に俊雅という人物はいない。実は俊雅は平安後期の醍醐源氏流の公卿であり、鎌倉期の佐々木頼綱とは年代が一致しない。しかも俊雅の母は、清和源氏頼光流の三河守頼綱の娘である。佐々木氏は宇多源氏流であるため、公的文書では源頼綱と名乗る。そのため系図作成者が二人の源頼綱を混同してしまったのである。通常ならば、ここで沙々貴神社本の誤りを指摘して考察が終わる。
 しかし「俊雅母」を隠喩と考えて、そこから公卿という属性を選り分ける。すると『中山家譜』(東京大学史料編纂所写本)で六代中山定宗の母が「備前守頼綱女」であることを発見できる。備中と備前の違いがあるが同一人物であろう。もともと佐々木氏には頼綱の娘が公卿に嫁いだという系譜伝承があったと考えられる。そこで系図作成者は、『尊卑分脈』醍醐源氏流の源俊雅の母「三河守頼綱」の記事を見つけ、頼綱の娘を参議左大弁俊雅の母と記してしまったのである。
 これまでは、作為や錯誤が多いことから系図を歴史資料として用いなかった。しかし作為や錯誤を隠喩ととらえるならば、そのもとになった史実を明らかにすることもできよう。
 作為や錯誤の背後に隠れている史実を見つけ出すためには、まず対象となる記述を分解して、いくつかの属性に選り分ける。つぎに取り出した属性を記号と見なして、歴史資料の中から符合するものを探す。見つけ出すことができたら、それが作為や錯誤の背後にある史実と考えられる。そこで、それをもとに作業仮説をつくり、資料と照らし合わせる。無矛盾であれば、その作業仮説を歴史叙述として採用する。
 この方法は歴史的事実を見つけるために、属性を記号化するが、けっして歴史叙述の類型化を目指すものではない。記号化された属性は、あくまで背後にある史実を見つけやすくするための手段である。何も手がかりのない混沌の状態からは、何も見つけ出すことができない。多様性は単なる混沌ではなく、類型化を否定するものとして視界の中に立ち現れるものであり、差異あるものは類型化から外れたものとして発見される。差異を見つけ出すには、逆説的にも類型化が必要だ。わたしが用いる方法は、あくまで発見法としての類型化である。歴史の類型化を否定して歴史的個別性を資料から見つけ出す作業を、実証歴史学の営みというのであれば、わたしが提唱する系図学はまさに実証歴史学である。
 また、ひとつの歴史的事実はひとつの歴史叙述の中で自己完結するものではなく、必ず複数の歴史叙述に登場する。歴史的事実とは、そのように複数の歴史叙述の根拠となる多面的なものである。新しい学説が既存の学説に取って代わるということは、その一面が入れ替わるということである。そのため新しい学説が史実と一致しているのであれば、他の側面を記述した歴史叙述とは整合するはずだ。そこで新しい学説を、関連するであろう複数の歴史叙述と照らし合わせる。整合性があれば、史実と一致している可能性が高い。
 系図学は、系図の作為や錯誤を隠喩として読み解くことで、これまで気づくことのできなかった歴史的事実にたどり着こうというものである。たしかに系図には作為と錯誤が多い。系図をそのまま歴史資料として用いようとすれば、たしかに系図は作為と錯誤に満ちている。しかし作為と錯誤を読み解く方法があれば、作為や錯誤は有力な歴史資料になる。  

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