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zoom RSS 2005年東大前期・国語第一問「道徳と技術」

<<   作成日時 : 2005/08/26 14:56   >>

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三木清『哲学入門』より出典。
【内容要約】
すべての道徳は、ひとが徳ある人間になることを要求している。それは、徳のある行為をする者になれということである。たとえの徳のある人であっても、行動をしていないうちは、潜在的に徳のある人であるにすぎない。徳のある行動することで初めて、徳のある人といえる。
 ところで人間は常に環境の中で生活している。われわれの行為は単にわれわれ自身の内から自発的に出てくるものではなく、環境との関係から出てくるものである。単に能動的でなく、また単に受動的なものでもない。能動的であると同時に受動的なものであり、主観的であると同時に客観的なものである。そして、この主体と環境の間を媒介するものが技術である。技術とは、徳ある行為を実現させるものといえる。徳は単に意識的なものではなく、有能性の問題と結びつくものなのである。
 もちろんすべての技術的行為が道徳的行為というわけではない。技術は物を生産することであって、技術的行為がそれ自身として道徳的あるわけではない。それに対して道徳は、人間に関するものといえる。しかし、いかなる人間の行為も物に関係している。われわれ自身もひとつの物であり、また人と人の行為的連関ではつねに物を媒介にしている。そのため、人間の徳を有能性から離れて考えることは、実は抽象的な議論といえる。
 技術の意味をひろく捉えることで、徳と有能性との関係が明らかになる。これまで技術と呼ばれてきたものは経済的技術であった。技術というとただちに物質的生産の技術を考えるのは、近代における科学技術の飛躍的発達、それが人間の生活にもたらした多大な効果の影響による。しかし古代ギリシアでは芸術と技術がひとつと考えられていたように、すべての文化は技術として形成される。実は言葉も礼儀作法も技術といえ、独立した主体と主体は、文化という表現技術によって結び付けられているのである。すべての文化は技術としてつくられ、社会を構成する個人と個人を媒介している。経済はもとより、社会の諸組織・諸制度も技術といえる。さらに自然に対する技術と社会に対する技術が、相互に連関している。人間は自然的・社会的環境において、技術を用いて適応し生活しているのである。
 しかし道徳を心の問題と考えても、それを心の技術ということができる。人間の心が理性的な部分と非理性的な部分からなっているとすれば、理性を十分に活かすには非理性を支配する技術が必要である。また人間生活の目的が非理性的なものを圧殺することではなく、理性と非理性を調和させて美しい魂をつくることであるとすれば、なおさら技術が必要だ。このような心の技術も、実は環境に関係している。心の技術は、いかなる環境の変化に対しても自己の平静を保ち、自己を維持する能力といえる。このような自己は、修業というひとつの技術によって養われる。しかし修業とはいっても、けっして社会から逃避してなされるものではない。心の技術は社会の中で生きていくための技術であり、修業は社会の中で行われるものである。われわれは環境である社会を形成していくことで、真の自己を形成することができる。心の技術は個人的なものに留まるものではなく、物の技術と結びつくことによって意味をもつものなのである。

【解答例】
(一)人間の行為は環境との相互関係の中で生まれるものであり、技術はその行為を実現させるための媒介であるから。
(二)徳は対象を有する行為では必ず求められるものであり、技術は徳ある行為を実現させるためのものでなければならないということ。
(三)言葉や礼儀作法などすべての文化は技術的であり、個人と個人はそれらの表現手段をとおして結びついているということ。
(四)人間をつくるということは、いかなる環境の変化に対しても、冷静に適切に対応できる自己を形成するということ。
(五)人間をつくるという心の技術は実は社会の中で生きていくための技術であり、けっして社会から逃避することで獲得できるものでなく、むしろ自らの環境である社会の中で、社会と関わりながら、社会を変えていくことで自らも形成されるものだから。
(六) a=卓越 b=飛躍 c=顕著 d=帽子 e=魂

【解答のコツ】
東大二次試験の第一問は、設問で問われている文章の前後に、言い換えている文章があることが多い。傍線部が段落の真ん中にある場合は段落の内容をまとめ、最初にあるときは前段落の内容、最後にあるときは次の段落の内容も見るといい。
(一)傍線部の直後に「言い換えると」とあるので、受験テクニックだと「言い換えると」のあとを参考にすることになる。しかし傍線部アは段落の最初にあり、しかも「かくて」で始まるため、前の段落の内容を参考にして書くといい。
(二)傍線部イが段落中央にあり、しかも直前に「かようなものとして」とあるので、段落前半部にある具体的説明を参考にすると、自分の言葉に直しやすいだろう。
(三)傍線部ウが段落中央にあり、接続詞がなく、前後の文章とつながっている。接続詞がない場合には、言い換えながら文章がつながっていると思えばいい。そのため段落前半部の内容を参考にしながら、段落の内容をまとめればいい。
(四)傍線部エの直前に「かくして」とあり、やはり直前の文章の内容を受けている。段落前半部の内容を参考にしながら、前後の内容をまとめればいい。
(五)傍線部オはまとめの言葉であり、文章全体の内容をまとめればいい。その際、筆者がもっとも強調したかったことを明確に記すこと。
 設問は、解答を読んだだけで内容が分かるようになっているといい。見直すときには、設問(一)から(五)の解答を読んだだけで、自ずと全体の内容が分かることになっているかどうか確認すること。通じないところがあれば、それが誤りである。 

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