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zoom RSS 検非違使為俊と四位陪従家定

<<   作成日時 : 2005/08/01 22:57   >>

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『尊卑分脈』『続群書類従』をはじめとする佐々木系図で、平為俊は源季定に改名したとされるが、『長秋記』長承3年(1134)5月15日条の賀茂行幸の記事で、舞人のひとりとして四位陪従家定が見える。「舞人左中将公隆、右少将公能、侍従公通、政範、為通、光忠、右大臣孫、蔵人二人泰友、ヽヽ、四位陪従忠盛、家定」という記事である。陪従とは賀茂神社・石清水八幡宮などの祭儀や行幸で、神楽の管弦・舞・歌などに従事する四位・五位の地下である。そのため位階は四位であっても、殿上人の末席六位蔵人に続いて四位陪従として記されている。ところが平忠盛も源家定もすでに昇殿を許されている。忠盛は長承元年3月13日に(『中右記』)、家定は長承3年4月9日に(『長秋記』)それぞれ昇殿を許されているのである。そのため、この記事の「陪従」は院北面(下北面)を意味していたと考えられる。賀茂行幸で忠盛とともに舞人を勤めた四位陪従家定は、白河院没後に忠盛とともに鳥羽院北面に列した為俊の改名後の姿である。これで、これまで為俊の晩年が不明であった理由が分かる。また諸系図では「季定」と見えるが、実際には「家定」と名乗っていたことも分かる。草書体が似ていたために誤って伝えられたのであろう。
 実は、この時期もうひとり「源家定」と名乗った人物がいる。それは村上源氏右大臣顕房の子息皇后宮亮信雅である。信雅ははじめ「家定」と名乗り、寛治7年(1093)3月6日には昇殿を許されて殿上人に列し、左馬権頭、右近衛少将、加賀介を経て陸奥守に補任され(『中右記』『長秋記』)、天承元年(1131)8月9日まで「家定」と名乗っていたことが確認でき(『長秋記』)、長承3年(1134)3月19日に皇后宮亮に補任されたときには「信雅」と名乗っていた(『中右記』『長秋記』)。同年4月9日に昇殿を許された院北面家定とは明らかに別人である。
 さらに『長秋記』保延元年(1135)4月21日条に「家主季房朝臣、家定朝臣以下、一家人々十二人也」とある。この記事をそのまま読めば、四位陪従家定が村上源氏に列していたことになる。『尊卑分脈』村上源氏流で、六条右大臣顕房の子息皇后宮亮信雅の子に季定が記され、「実者顕房公子云々」とあるのはこのためだろう。さらに信雅の子息近江中将成雅の記事に「或季定子也云々」とある。実際に『長秋記』の記事で、為俊が改名後に村上源氏の養子になっていたことが分かる。また家主季房に続けて家定が記されていることから、家定が季房の養子(或は婿)として村上源氏に列したことも分かる。
 私がこのような結論に至ることができたのは、『尊卑分脈』村上源氏流で、右大臣顕房の子息信雅に注目していたからである。信雅の子息成雅が「或季定子也云々」と記され、さらに信雅の子息に季定があって「実者顕房公子云々」と記されている。ここで二つの作業仮説を立てた。ひとつは、季定(本為俊)が村上源氏の養子になり、さらに村上源氏の公達成雅を養子にしたとういう作業仮説である。もうひとつが、村上源氏信雅(本家定)と季定(本為俊)が混同されて、信雅の子息成雅に季定の子息と誤り伝える系譜伝承が生まれたという作業仮説である。混同される要因としては、季定が同名「家定」を名乗っていたということが考えられる。この作業仮説をもとに当時の記録を読み、村上源氏信雅とは別人の四位陪従家定を見つけることができた。そして為俊の改名後の実名は「季定」ではなく、「家定」であったと結論づけたのである。さらに『長秋記』保延元年(1135)4月21日条に「家主季房朝臣、家定朝臣以下、一家人々十二人也」とある記事を見つけ、為俊が改名後に村上源氏に列していたことを明らかにした。ただし今後も研究を続けていく必要があるだろう。
 為俊には、実は右兵衛尉為兼という弟がいた(『中右記』寛治7年10月3日条・康和5年4月17日条)。寛治7年(1093)3月の『白河上皇春日社御幸記』で「為利弟也」との割注が付される小舎人童「袈裟牛丸」は為兼の前身であろう。同年3月に袈裟牛丸と呼ばれ、10月には右兵衛尉為兼として登場するため、兄為俊と同様、元服して直ちに兵衛尉に任官したことが分かる。白河院の取り計らいであろう。この為兼は、為俊(家定)の弟行定と同一人物と考えられる。この行定の子孫が、近江佐々木荘下司として現地管理に当たった源行真である(『源行真申詞記』)。その一族である山崎氏は、平為兼と源行定が同一人物であることを裏付けるように、「佐々木末流平氏」と称している(『山崎家譜』)。

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