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zoom RSS 「六角系図」連載完結

<<   作成日時 : 2005/03/11 18:25   >>

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 佐々木六角氏研究は面白い。とくに系図については、入門書では必ずといっていいほど沢田源内による偽系図として紹介されているものの、当時の資料をきちんと見れば見るほど、沢田源内によって創作されたといわれている六角義実・義秀・義郷の実在が見えてくるからだ。では、どうして否定されていたのだろうかという素朴な疑問が生まれる。
 理由は多くあるが、実証歴史学であるにもかかわらず認められない理由は、まず先人の言うことを疑うのは難しいということだ。先人の意見を否定するのは気が引けるというだけの問題ではない。研究は先人の業績の上に積み重ねられていく。いちいち前提を疑っていては研究がすすまないため、前提は正しいものとして研究をすすめる。前提を疑うということは、その前提の上に築かれてきた多くの研究を否定するか、あるいはそれら研究に修正をもとめることになる。当然、それ相当の批判が出ることを覚悟しなければならない。意地の張り合いになることもある。それに対応できるだけの論拠を蓄えることはあまりに困難だ。たとえ従来の学説の根拠がいい加減であっても、新しいことを主張する側に説明義務が課されるため、新説を発表することには相当の覚悟が必要だ。さらに新説を認める側にも、それ相当の勇気が必要だ。そのため集団内においては、前提を疑うような研究は好まれず、前提の上に築いていくような少し新しい研究が好まれる。とくに研究業績の数で研究職への就職が決まる今日では、労力を使うにもかかわらず投稿と落選を繰り返して、数をこなすことのできない研究をしたがる者はいない。
 もうひとつの考えられる理由は、実証歴史学にも必ず主観が入るというものだ。いくら良質な資料を読んでも、義実の名を見つけることができない。義実の実在に懐疑的であれば、ここで探究は止まってしまう。しかし義実は実在するかもしれないという立場で資料を読むと、義実という名ではないが、義実と同じ事跡をもつ義久という人物を発見できる。系図上の名前と実際の名前が違うことは、実はよくあることだ。たとえば織田信長の弟信行も、良質な資料では達成・信成・信勝という名で登場する。もしかしたら違うかもしれないという視点がなければ、新事実を発見することはできない。実証的研究といっても、かならず研究者の視点が入る。これが実証的研究の限界だ。この限界を乗り越えるためには、つねに違う見方をするということだ。
 そのため、わたしは実証的研究でも見方が変われば結論も変わることをまず明示し、そして徹底的に資料を積み重ねた。そうすることで論争は、実証歴史学と系譜学の対立ではなく、どちらが実証的かという論争になるからである。研究者の間であれば、資料を積み重ねていけば認められる可能性は高い。一般の方からは意外と思われるかもしれないが、実は実証を重んじる者ほど頭は柔らかい。わたしが実証的研究に重点を置いているのはそのためだ。
 また審査を経なければ研究を公表できない学術誌にこだわらず、インターネットと出版という方法を採ることにした。とにかく公表しなければ世に問うこともできないからだ。まずインターネット上でのブログという日記型ホームページで研究成果を連載して、研究成果を世に問う。もちろん、これも度胸がいる。それこそ匿名の批判を覚悟しなければならないからである。しかし指摘を受け入れ、資料を積み重ねることで、研究内容をさらに充実させることができる。このようにして理解者をつくることで、世に認められやすい素地をつくることができる。新説を主張するには、理解者をつくるといい。個人と集団の対決を、集団と集団の対決にすることで認められやすくなるからである。
 さらに出版というかたちにしたのは、わたしの研究を引用してもらうためである。インターネットが普及したとはいえ、まだまだ全ての人たちがインターネットの検索を利用しているわけではなく、また検索結果を研究論文に引用するということは一般的ではないからである。それに学術的研究の引用にたえるだけの情報の質と量をもったページはまだまだ少ないのが現状だ。情報量に関しては圧倒的に出版物の方が上である。
 わたしが実証歴史学の中で系図研究を続けるという困難な仕事を続けられたのは、哲学教員として大学に席をおくことができたこと、近江佐々木氏の会事務局の山嵜正美氏をはじめ多くの日曜歴史家の方々の支援や協力があったこと、そして母三枝の献身的な協力があったことが大きい。
 また今日わたしが本書を公刊できたのは、実証歴史学の出版社として定評がある思文閣出版が勇気ある判断をされたからだ。心から感謝する。
 実は六角氏研究で面白いのは、系図だけではない。これまで研究されてこなかった分、研究材料の宝庫だ。守護権力体制や六角氏式目の研究はこれまでも多かったが、まだまだ六角氏の体系的な研究はない。戦国期の室町幕府が注目されるようになれば、それを支えていた六角氏も当然注目される。六角定頼の研究をする若手が登場してきたのは喜ばしいことだ。今後、ますます六角氏研究が進むことを願う。そして、わたしの研究成果がそれらの研究に引用されれば幸いである。

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